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2017年03月22日04:06

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『待ち人』

星も月も見えない暗夜
暗がりの土手に私はそっとひとりで腰を降ろして
陸橋を過ぎゆく最終電車を眺めていた

駅は川向うにひっそりと佇んでいる
最後の電車においでおいでしながら
目印を灯すように駅の信号が変わってゆく
寂しげで物悲しい車輪の軋む音やブレーキ音が
寝静まった川や土手の上を
風を伝って遠くから響いてくる

暗夜の地平線に小さく揺れ動く明かりの中で
疲れ切った人々が椅子にもたれかかって夢を見ている
きっと誰かがプラットホームのベンチで
携帯電話を覗きながら恋人を待っているのだろう
きっと誰かは改札口まで
迎えに来ているのかも知れない

ロータリーのタクシーも深夜の最終バスも出払っている
交番さえも無人で店はどこも閉まっている
誰かの自転車がフェンスに寄り掛かって線路を眺めているが
持ち主もいなければタイヤも空気が抜けている
そこに捨てられたまま撤去の朝を迎えるまで
寒空の下で虚しく時を刻んでいる

私は本当は誰を待っていたのだろう

長い間
駅のホームで
改札で
駅の階段で
駅前ロータリーの端っこで
駅前の喫茶店で
線路沿いのフェンスの自転車のそばで
人通りの絶えた暗い土手の芝生の上で

私は今もこうして時を数えて過ごしている

星も月もない暗夜の下では
虫たちも声を立てない
風だけが私を優しく慰める

待つことが無駄と知りながら
私は今日も待っていた
失った時は帰らない

あの最終電車にも
君は乗ってはいないから
家に帰っても同じこと
君がいなければ同じこと

土手にこうしてひとりで居ても
家のベッドに横たえても
結局は同じことだからと
夜の散歩を繰り返す

私は今夜もひとりきり

私は待ち人

君はきっと私を置いて夢の中

      <了>

(注)この作品はタコアシのものです。
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