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2017年01月26日23:51

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武満半生記

本日は放課後に武満徹の演奏会を聴きました。

〇新日本フィル#568 ジェイド<サントリーホール・シリーズ>
開演:2017.1.26(木) 19:00
会場:サントリーホール
曲目:オール武満徹プログラム
シャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」(蓄音機での再生)
死んだ男の残したものは
2つのレント(抜粋)
リタニ − マイケル・ヴァイナーの追憶に
弦楽のためのレクイエム
グリーン
カトレーン(オ−ケストラ版)
鳥は星形の庭に降りる
訓練と休息の音楽 −『ホゼー・トレス』より−(3つの映画音楽)
ワルツ −『他人の顔』より−(3つの映画音楽)
歌:大竹 しのぶ
ピアノ:木村 かをり
ヴァイオリン:崔 文洙(新日本フィル ソロ・コンサートマスター)
クラリネット:重松 希巳江(新日本フィル 首席クラリネット奏者)
チェロ:富岡 廉太郎
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮・お話:井上 道義

なんか、じゅ。は歳のせいか、こういう演奏会にすっかり涙もろくなりました。
ので感想は書きません。
おしまい。

けど、それでは身も蓋もないので少し感想を書きますね。

今夜は武満徹の半生記のようなものらしい。(一代記でないのは、指揮の井上道義氏が曰く50歳以降の武満の曲をあまり好きでないため、実際には武満の音楽のなれそめから47歳くらいまでの曲を取り上げているため。)
写真にありますアンモナイトみたいなものは手回し蓄音機のラッパ(ホーン)です。井上氏が全周に回して聴かせてくれたのはリュシエンヌ・ボワイエのシャンソン「聞かせてよ愛の言葉を」で、終戦直前の15歳の武満少年がこれを聴いて音楽を志したという。
次に武満の和製シャンソン「死んだ男の残したものは」が大竹しのぶによって歌われる。リュシエンヌ・ボワイエもそうだが同然のようにエディット・ピアフを意識しての歌唱。半永久的にエンドレス・ロールのようにいつまでも聴いていたい感じ。
また初期の習作2つのレントとその39年後の記憶に基づいた改作リタニ(レント→連祷→そのラテン語のリタニ、であるとの井上氏の説明)を木村かをりのピアノで聴く。マーラーの葬礼と復活のような感じ。(リタニが同じ主題ながら大幅に洗練されて暗黒さがやや低減されていた。)
弦楽のためのレクイエムはおよそ生で聴いた中では最高峰の至高の演奏。
グリーンは、本日の井上氏の解説だとノヴェンバーステップスと同時期に、ノヴェンバーステップスを書きながら若干苦手としていたため自由に書いたとのこと 昨年聴いたオリヴァー・ナッセンの演奏会では元はノヴェンバーステップス第2番だった曲と解説にあった その時の次の曲が夢の引用でドビュッシーの影響が強くてグリーンもそういう聴こえ方をしたが本日は井上氏がドビュッシーの影響強いと解説したにもかかわらずドビュッシーと異なる独創的な音楽を創り出してて、井上氏の言うように作曲時に滞在した軽井沢の緑の印象 それはその緑のグリーンが高原ゆえのやや空気が薄くて標高が高い感じの清透さ、雰囲気というよりはatmosphereの原義の「気」そのものを感じた すばらしい演奏
カトレーン(オーケストラ版)はグリーンの清透さに精緻さが加わったこれもまた曲演奏ともに素晴らしく、クラリネットは明らかにストルツマンへの宛書の曲調だが重松希巳江が奏すると氷のような研ぎ澄まされた音になって前プロのグリーンと呼応する。メシアンに触発されているが底流にスクリャービン的なものも感じる。
鳥は星形の庭に降りるは陰々滅滅とした中に清流が流れていくような印象でまさに本日の白眉という感じ 井上氏は最後の盛り上がりは武満の特許とも言うべきすばらしさと言っていたが中間部の伏流水がいかんともすばらしすぎる本日の演奏。
そういえば本日の演奏は全体的に西洋楽器なのに笙のような音がする。特にオーボエ。そういう意味ではテイストは和なのかもしれません。
最後の映画音楽2題は実は本日もっとも聴きたかった演奏で、生で聴くと全霊が包み込まれてしまうようで実に酩酊感・うっとり感が素晴らしい。

じゅ。は歳のせいか、こういう武満の演奏会をもっと生で聴きたくなりました。
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