『絶望と悲愴と・・・』
コンコン！
重厚な扉を叩く音が部屋に響き、語部の村の村長の話はその訪問者によって一度中断された。
「どうぞ」
「村長、今よろしいでしょうか？」
申し訳無さそうに顔を出した女性は、ペコリと頭を下げて部屋に入ってきた。
「どうした？何かあったのか」
「あっ！？いえ、そのお嬢さん達の歓迎会の事で、後１時間程で準備が出来ますのでお話が終われば集会場に来て頂きたいと奥方様が・・・」
「ふむ、まぁその時間までにはこちらの話も終わるじゃろうから、その頃になったら行くとばあさんに言っといてくれ」
「畏まりました」
女性が部屋を出たのを確認してから、再びお茶で喉を潤して深々と椅子に腰を掛けた。
「さて、では続きと行こうか。と言ってもここからは想像の部分も多いがの」と前置きを入れて話は再開された。
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ジュダは雪の中で悪戦苦闘していた。
村長宅を出た時には顔を出していた月も直ぐに厚い雲に覆われ、山間の夜の闇と慣れない雪がその歩みを遅らせていたのだ。
（しかし、何故急に。しかもこんなに強引に村を出ろなんて・・・）
色々突然過ぎて、理解が追い付かない。しかもリスティアに別れの挨拶も出来なかった。
そういった思いも足並みを遅らせている要因だった。
畑の傍まで来た所で、ついに迷いと疑念 疑問で足が止まり振り返って村を見る。
「リスティア・・・」
真剣な村長の様子は、何か良くない事が起こっている事を物語っていた。
何故・・・。
確かにこの村で足止めされるのは自分にとっても不本意だ。しかし、最悪この村で冬を越す覚悟が無かった訳じゃないし、少し待てば天候が回復し、気温も上がるのではないか？という淡い期待もあったのだ。
なのに手持ち以外の商売道具一式を置いて村を出ろとは・・・。十分な代償を貰ったからと言ってそう簡単に割り切れるものではなかった。
そう、ジュダが逡巡している時村の出口方向、田畑の方向から数人の男が雪を掻き分け走って来た。
最初、暗くて良く分らなかったが男はまるで何かに終われる様に、半狂乱状態で雪を掻き分けて畑の中を何かに追われる様に真っ直ぐ逃げて来たのだ。その内の１人には太刀が握られている
「どうした？何があった？」
近くまで来た３人の内、最も若い男はその肩を掴まれ揺さぶられて、やっと誰かに声を掛けられた事に気が付いた。
「ふ・・・冬山の神に、リスティアが・・・逃げないと・・・」
「ま、待て！」
仲間の静止の声で若い男はハッとなる。
「あ・・・ジュ・・・ダ・・・」今、自分の肩を掴んでいる人物がジュダである事に漸く気が付いたのだ。
ジュダもジュダで男の言葉の意味を理解出来なくて困惑していた。
「冬山の神ってなんだ！？リスティアがどうした？」
鬼気迫るジュダに狼狽える男達はもう隠せないと観念してポツリポツリと話し出した。
「シビレ罠も有るし、みんなでやれば倒せると思ったんだ」年配の男が悲痛の表情で吐き捨てる様に話す。
（何を・・・）
「リスティアに囮になって貰って誘き寄せて・・・でも、まさかシビレ罠が効かないなんて・・・」
若い男は自分がまだ握ったままの武器を見て涙を流す「親類達の仇なのに・・・」
「一体何を・・・」
「俺達の武器は奴に傷一つ付けられなかった・・・」
別の男が悔しそうに拳を手の平に叩き付ける。
「なっ・・・リスティアはっ！？リスティアはどうした？」
「皆命懸けで助け様としたんだ。でも次々と仲間が倒されて・・・」と年配の男。
「・・・！？」
もうジュダは言葉すら出なくなっていた。そして、絶望を告げる言葉がジュダを襲った。
「リスティアの入っていた桶が冬山の神に喰われたんだ・・・」
「！？」
ジュダの全身の力が抜けていく。思考が止まり、理解が出来ないでいる。いや理解は出来ていた。ただ全力で心が否定していたのだ。
呼吸すらまともに出来なくなり息が詰まる。体中からどろりとした嫌な汗が吹き上がり、心臓は早鐘の様に激しく打ち鳴らされる。
ジュダは膝を折り、地面に手を付いて、体全体で荒く呼吸をしていた。
「でも・・・冬山の神は止まらなかったんだっ！」
吐き捨てる様に言葉を続ける男。その言葉の意味をジュダは理解出来なかった。
「何を！？」
倒せなかったのなら止まらないのは当然ではないか。
「生贄を喰ったんだぞ！？なのに何故奴は止まらなかったんだ！その後も暴れ続けて皆殺されたんだ！」
（何を言っているんだ・・・こいつは・・・）
「生贄を喰えば奴は大人しくなるんじゃなかったのかよ！」
「よせ！」年配の男が若い男の肩を掴んで静止しようとする。
しかし、静止を振り切って涙を流しながらジュダに掴みかかる若い男。
「なぁ、なんで！？なんでなんだよ？」
ジュダはまるで理解の出来ない不気味な物を見る様に男を見ていた。
その時、若い男は何かに気が付いた様にハッとなりよろめく。
「そうか、分ったぞジュダお前の所為だな！」
「何・・・を・・・」
リスティアが死んだと聞かされ動揺収まらないジュダに追い討ちを掛けた。他の２人もその言葉に困惑をしている。
「お前、リスティアと寝たんだろ！生娘じゃなかったから冬山の神が怒ったんだ！」
（コイツハ・ナニヲ・イッテイルンダ・・・）
「お前の所為だ！お前の所為でリスティアが無駄死にした！お前が皆を殺したんだ！優しくしてやった恩を忘れやがって！」
半狂乱になりジュダを攻め立て、ジュダを殴った。
残りの２人も不審の目をジュダに向けたままそれを止め様ともしない。
（リスティアヲコロシタノハ・オマエタチダロウ・・・）
「村長の娘なのに、あの役立たずが・・・」
更にもう一発。二発とジュダを殴る若者。
ビキッ！
悲しみと絶望の闇に囚われたジュダの心にヒビが入る・・・。
「そうだ、リスティアには妹がいるじゃないか！流石にまだ生娘だろう、あいつを生贄にだせば！」
（オマエタチハ・・・）
バキッ！
ジュダの心が壊れた。
「ぐわーーーーーーっ！わぁっ！！わぁっ！！！ああああああぁぁぁぁぁぁあああーーーーーーがぁあああああああぁぁぁ！！！！」
狂った様なジュダの絶叫！と同時に腰のナイフをまだ胸倉を掴んだままの若い男の胸に付きたてた。
「うわっ！？」
驚きジュダを見た他の男達は、その狂気に満ちた目に恐れ戦き、若い男を置いて逃げてしまった。
それをジュダは追わなかった。絶望と狂気に満ちた虚ろな目で村へと逃げる２人を見送るとジュダは振り返り、ふら付く足取りで村の外を目指したのだ。
暫くして虚ろに歩くジュダ目の前にそれは現れた。
貢物を平らげただけでは気が済まず、男達を追って来たのだろう。小山の様な巨大な体躯に永久凍土の様な皮膚。突き出た特徴的な顎には捧げ者の跡が残っていた。
「お前が、冬山の神か・・・」
グルルルル・・・・・・。
目の前に現れた小さな獲物に唸る神。その瞳に映る小さく虚ろなジュダは恐れや恐怖と言った感情を一切見せずその両手をゆっくりと広げて叫んだ。
「俺を喰え！俺の憎しみも絶望も苦しみも恨みも魂も全て喰ってしまえ！そして！？」
グシャッ！
冬山の神はジュダを望み通り喰った。喰い千切られた足と血が飛び散り、白い雪原と口元を真っ赤に染める。
（そして、この悲しい世界を醜い人間を全て俺の前から消してくれ・・・）
その死間際、薄れ逝く意識の中での壊れた願いと心の闇が、ある意味奇跡を起こした。
ジュダを喰った後、生まれた静寂を破壊して突然呻き声を上げ、冬山の神が苦しみ悶えだしたのだ。苦しげな声を上げ、巨体を地面に撃ち付け暫く苦しみ抜いた末、冬山の神はその巨体を力無く臥せた。
項垂れる様に横たわる冬山の神。ピクリとも動かなくなったその姿は正に氷の山だった。その白い永久凍土の様な体に変化が起きた。
最初は点の様な黒い小さな染みの様だった。
その黒い染みは水面に墨を落とした様に冬山の神の体を黒に染めていった。そして、全身が黒く染まると突然痙攣する様にその巨体を激しく振るわせた。その振るえの中、時折大きく脈打つ様に体を弾かせる度にその体に変化が起きた。
弾かれる様にのたうつ度に体が大きくなり、細部の形状が変わって行ったのだ。背中や腕の甲殻が大きく棘棘しく形を変え、特徴的な顎と太い尾の先が因り鋭く変化していった。
そして、弾ける様な痙攣が止まると倒れ込んだまま冬山の神が大きく息を吐いた。
フゴオオオォォォーーー・・・・・・。
そして、体を起こすと冬山の神は笑った。嫌らしく口角を上げて笑ったのだ。
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「そこからじゃ、黒く大きく禍々しく変化した冬山の神に因る惨劇が始まったのは。村の全ての家々を破壊し、全ての村人を弄り殺したそうじゃよ・・・」
村長は目を瞑り深く息を吐いた。
琴乃葉も言葉無く黙ったままだった。
「それで、その冬山の神はどうなったんです？」暫く黙っていたルーティスが、村長に尋ねる。
もしそのまま暴れていたのなら、もっと悲惨な事になっていた筈だ。
「その後６つの村、２つの町を襲った冬山の神は突如現れたモンスターに因って封印されたと聞く」
「封印ですか？」
倒されたのではなく封印という言葉に違和感を覚える。
「うむ、そのモンスターは地の果ての氷の大地に冬山の神を閉じ込めたそうじゃ」
俄かには信じがたい話である。途中村長は想像の部分があると言っていた。だがそれ以上に気になる部分がある。
「その冬山の神を封印したモンスターというのは？」
「それは分らん・・・じゃが、銀色の体毛と金色の甲殻を持った角の映えた４足獣を見た者が居たらしい」そう言って村長は口元に不敵な笑みを現したが、その口元は組んだ手で隠され、ルーティスと琴乃葉には見えなかった。
そのモンスターはラヴィーネと同種かもしれないと思ったルーティスだったが、その事は口にしなかった。
「その冬山の神が、あのウカムルバスんなんですね・・・」
「わしらは、喰われた青年の名前から『ウカムルバス・ジュダ』と呼んでおるがな」
そこで琴乃葉が１つの疑問を口にした。
「村人は全員死んだのに、誰からこの話は聞けたの？」と。
その言葉に村長は得意げに答えた「良く気付いたの。さて何故だと思う？話の中にヒントはあったんじゃがな」と楽しそう。
「生存者が居たという事なんだろうけど・・・」ルーティスが話を思い出そうと頭を捻る。
「誰かが村から逃げ出したって話は無かったと思うけど・・・」
結局答えは出ず、２人は降参する事となった。
「まぁ、分らんじゃろうな」と言って悪戯っぽく笑うと「村長がジュダに託そうとした『者』があるじゃろ？あの炭火小屋には薬で眠らされていたリスティアとその付き添いをしていた妹が居たんじゃよ」と優しく笑ったのだった。
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