『古の決意』
語部の村長の話は小休止となった。お茶を啜り一息吐く。
真剣な顔のまま琴乃葉もは黙っていたが、ルーティスは一つの予想を確認したかった。
「その冬山の神とは？」
「ウカムルバスというモンスターじゃよ・・・。まぁ、その頃はまだそんな名前も付いていなかったからの。自然同様、人の力ではどうしようもない存在、神として崇めていたんじゃよ」
ルーティスはやはり、と納得した。
「でもそのウカムルバスは普通のモンスターだよね？」
琴乃葉の質問に暗い表情になる村長。
「まぁの・・・。ここからがこの話の核心じゃて」と、湯呑みを置いて話は再開された。
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冬山の神と遭遇した日から２日が過ぎていた。あの時から再び降り始めた雪は村を孤立させ完全に村を銀世界に閉じ込めてしまった。
そんな冬山の神の対処に困っていた村に４人の村人が帰って来た。彼らは４人で狩りに出ていた者達で、一週間程村を離れていたのだが狩場が突然の雪に見舞われたのだと言う。冬支度などしていなかった為慌てて近くの村に避難をしたのだがそこはまったく雪は降っておらず、そこの村人に夢でも見たのかと呆れられる始末だった。
まるで何かに化かされた気持ちになりながらも別の狩場に行こうとしたのだが、その狩場の近くの村で４人は信じられない光景を目にした。
そこは最初に寄った村より標高の低い位置に在るにも関わらず雪に埋もれていたのだ。しかも村の家々は壊され人っ子一人居ない、廃村となっていた。
この村が廃村になったなど聞いた事が無い、何よりこの村には狩人達の中で一番若い男の親戚が住んでいたのだ。その男になんの連絡も無しに村を出る等考えられなかった。
男は変わり果てた村から親戚の家を探し出し、家人の姿を探したが全壊した家に人の姿は無く、ただ何かに喰いちぎられた腕が一本有るだけだったのだ。
容易に家々を破壊し、村人を喰った何者か。それがこの雪を降らせたのか、季節外れに降った雪の所為でそいつが現れたのかは分らないが緊急事態だと感じた男達は、その村を早々に離れ自分達の村に急いだのだ。ところがあと少しで村だという所で自分達の村が深い雪に閉ざされてるではないか。焦った男達は雪を掻き分け、半日掛けてどうにか村へ辿り着いて今村長の所で自分達が見た事を話し、４人は村長から冬山の神の話を聞いて村を破壊し親戚の家族を喰ったのがその冬山の神だと確信した。
しかし、村長達にとっては更なる絶望を聞かされた事になる。ただ沢に居て雪を降らせるだけなら、最悪暖かくなるまで待っていれば良いと考えていたのだが、村を襲い人を喰うかもしれないとなれば話が別である。とは言え相手は冬山の神と恐れられたバケモノ、一体どうすればと考えるも皆良い意見は出なかった。結局話し合いは全く進まず解散となったその日の夜、恐れていた事が起こった。
地響きと共に村に現れた冬山の神は夜の暗闇の中村の家屋４つを破壊し、そこに住む家族を皆殺しにしたのだ。
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「このままでは、この村は終わりだ！どうする村長」
村人の不安は一気に膨れ上がり、収拾が付かなくなってきていた。
村長宅で開かれた会合での意見は大きく２つに分かれた。
１つ目は早く村を離れて冬山の神をやり過ごそうという物だったが、行く当てが無く何よりこの深い雪の中、年老いた者が移動するのはかなりの無理があった。更に最悪村を離れてこの冬を過ごす為には有る程度の家財道具を運ぶ必要が有るのだが、それも儘ならない状況である。
そして、もう１つは帰って来た狩人達と若者達で、一緒に冬山の神を倒す。もしくは追い払うと言う物だった。幸いジュダの持って来た新しい武器もある。
ただ、これはかなりの危険が伴う事は誰の目にも明らかだった。何せ相手は小山の様に大きく、天候を操ると思われる神なのだ。狩人達がこれまで狩って来た、ウルクススやティガレックスとは訳が違う。だがそれでも親類の仇討ちがしたいと、涙ながらに訴える若い狩人と、ただ黙って喰われるのは嫌だと言う意見だった。
結局その日、村長は方針を纏める事が出来なかった。
どちらの案も危険が伴う事に代わりが無かったからだ。だからと言って別の方法がある訳ではない・・・。いや、無い訳ではないのだがその考えが頭を過ぎる度に村長はその考えを振り払った。
そうして村長が方針を決められずに居る中、痺れを切らした若者達は勝手に行動を起こしてしまった。
約１０人の男達が、武器と爆弾を持って戦いを挑んだが結果は失敗に終わる。と言うより見つける事が出来なかったのだ。例の沢にも冬山の神の姿は無く、ただそこには大きな穴が出来ていて道を通る事は出来なくなっていた。
そして、その日の夜また家々が襲われた今度は８件の家が破壊され、そこの家族が喰われてしまった。
「まるで、俺達を追い詰めて遊んでいる様だな、くそっ！」と誰かが吐き捨てた。
村人が集まるも、結局これと言った打開策は出ず、暗く意気消沈した中誰かがそれを呟いた・・・。
「もう生贄を出すしか・・・」
その小さな呟きに反応したのは他でもない村長だった。
「生贄など出さん！」
村長自身頭に浮かんでいた可能性。
その昔、村々を襲った神を沈める為村の若い娘が生贄となりその身を挺して村を救ったという、この村の者なら知らない者は居ない１００年程昔の実話。
そんな話が頭を過ぎる度に否定し続けたその案は自分の娘リスティアの死を意味していた。この村に年頃の娘はリスティアしか居ないのだから。
その次はと言えばリスティアの妹と同年代の子供達になる・・・。
苦悶の表情で頭を悩ませる村長に更に追い討ちを掛けた者が居た。
「生贄か・・・良いかも知れない」
その声の主を村長が睨み付けるが、男は「違う違う！」と慌てて否定した。その者はあの狩人の若者だった。
「別にリスティアを人身御供にしようってんじゃない。ただ前回討伐に行った時遭遇すら出来なかっただろ？だから生贄で誘き出して罠に掛けて倒せないかな？と思ったんだよ」
そんな稚拙な意見に「なるほど」とか「いけるかも・・・」と同調する声が狩人達から広がる。
既に１０件以上の家族が喰われて、次は自分の家かもしれないという不安と恐怖。かと言って逃げる事も儘ならない。そんな絶望的な状況がおかしな方向へと思考させたのかもしれない。
例えどんなに僅かでも望みがあるのなら・・・と。しかし彼等は冬山の神を直には見ていないのだ。その想像を絶する大きさも恐怖も知らない・・・。
「やつは２回村の南側から襲っている」
「なら南側の村から一番遠い田畑に罠を仕掛ければ・・・」
「酒や食べ物も置いてさ！」
うろたえる村長を余所に話は進んでいく。
「待て、待ってくれ・・・」
思わず話しに割って入る村長だったが「村長の心配は分るが今は村存続の危機だ。それに誘き出して貰うだけで本当に生贄にする訳じゃないさ」「そうさ、俺達がちゃんと奴を倒してやるって」と話を聞いては貰えなかった。
「それに秘密道具も有るしな！」と若い狩人は自身満々に胸を張った。
男達から響動めきが起こる。
「秘密道具って・・・」その言葉に疑問を投げかける。
「この前行った大きな村で手に入れた、『トラップツール』だ！」
「コイツと『ゲネポスの麻痺牙』を使ってモンスターの動きを止められる『シビレ罠』ってのが作れるんだよ！」
興奮気味に話す狩人の若者に、周りの男達がどよめく。
「しかし、あんな大きな冬山の神に効果があるのか？」
「ティガレックスには効果が有ったし、話では岩山みたいに大きなモンスターや船より大きい魚みたいなモンスターにも効くらしい。これがまだ３つも有る」
「おお〜！」と感心と期待の声が上がる中、「しかし・・・」という村長の不安の声は男達の歓喜を装った声に掻き消されていた。
「やれる事は出来るだけやろう。落とし穴も掘って・・・」
「酒や肉に毒液を混ぜるとか？」
「なら供物用にファンゴやポポを狩って来るか！」
「ジュダの所にまだ売れ残った武器が有ったろう？」
「よしっ！やるぞっ！」
盛り上がる異様な場の雰囲気に村長の言葉は、既にその効力を失っていたのだ。
だがその雰囲気を一蹴する人物が現れた。囮にさせられるリスティア本人だった。村長宅とはいえ、それ程大きな家ではない大きな騒ぎになっていた事に気が付き様子を見に来たのだが、自分を生贄にするという話に出るに出られず部屋の外で話を聞いていたのだ。
リスティアの姿に盛り上がっていた男達も流石に気まずくなり、思わず視線を反らした。男達にとって幸いだったのは、ガーグァの様子を見に行って、この場にジュダが居なかった事だろう。
「リスティア・・・」悲しそうに、申し訳無さそうに村長が名前を呼ぶ。
「私が囮になります」
村長の前まで来たリスティアは皆の方に向き直り、放った言葉に一同が釘付けになる。
「リスティア、しかしだな・・・」
「みんなが必ず護ってくれるのでしょう？」
何時も通り、美しい微笑を向けるリスティア。
「も、勿論だ！安心してくれ俺達が命に代えても必ず君を護るよ」
「そうだ、任せてくれ！」
次々と上がるやる気に満ちた決意の声に埋め尽くされる。
そんな言葉を真剣に聞いたリスティアは「ならば私も村の為に出来る事をします」と、決意を現した。
そして更に盛り上がる男達。だが村長だけは震える娘の手を泣きそうになりながら見ていた・・・。
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今晩にも村は全滅するかもしれないという危機感の中、罠の準備が急速に行なわれた。
供物用の肉を狩り、村中から有りっ丈の酒を調達し、畑に罠を仕掛ける。武器や道具の手入れは勿論、リスティアの入る大きな桶も用意された。中には少しでも寒くない様にと布が敷き詰められている。
そんな騒ぎの中、リスティアの恋人であるジュダには囮として生贄になるという話は伏せら、リスティアは囮になる不安よりもジュダに対して隠し事をしているという罪悪感に気持ちを落としていた。
「リスティア、どうかしたのかい？」
ジュダもリスティアの様子がおかしい事には気が付いていた。ただ「雪が止んだら、村を離れるのね・・・」と寂しそうな笑顔で答えるリスティアに別れを悲しんでいるのだと思い込んでいた。
それから夕食の準備が始まるまで２人で居たのだが、言葉は少なかった。ただ２人肩を寄せ合って近い別れを惜しんでいた。
村長の帰宅が遅かった為に少し遅れた夕食も何処か沈んだ空気が有り、ジュダは気になっていたが結局話は聞けず仕舞いで部屋に戻り、少しの不安を感じながら昼間の疲れもありウトウトとしていた。
どのくらい眠っていたのだろうか？ジュダは突然体を激しく揺さぶられた。
「え！？何？リスティア？」
眠気眼で自分を揺さぶる人物を見るが部屋が薄暗い事もあって、判別出来ないでいたがリスティアや女性でない事はその力強さから直ぐに分った。
「村長さん？」
扉の向こうからは村の男達が集まっているのか数人の声が聞こえ、さっき『リスティア』と口にした事で恥ずかしくなる。
「起きたかねジュダ？」
村長はそんな事は気に解せず、声を殺そうとしていたが、息が上がっていて上手く行かないでいた。見れば雪塗れである。
「はい。えっ・・・何か有ったんですか？」
中途半端に起こされた所為で頭がすっきりとしないジュダに村長は、悲しみと迷いの入り混じった顔で懇願してきた。
「今直ぐ村を出るんだ」
「え！？」
ジュダは直ぐには意味が理解出来なかった。村は未だ雪に阻まれ、村を出たくても出れない状況の筈。自分が眠っていた間に好転でもしたのだろうか？
そう言えば今日村の様子が少しおかしく、慌しかった。あれは除雪をしていたのだろうか？と色々な可能性が頭を巡るが答えは出ず「道が通れる様になったんですか？」と尋ねた。
そもそもこの村での滞在予定は既に過ぎている。リスティアの事を考えると切なくなるが、早く出立したいのも事実なのだ。だが、期待に反して村長は首を横に振った。
「道はまだ雪で埋もれてる」
「それじゃあ鳥車が通れ・・・」
「鳥車は私が責任を持って雪解けまで預かるから！」
村長の焦りと苦悩が見える表情に圧倒されそうになる。
「は？いえ、しかし・・・」
鳥車は必要不可欠な商売道具だ。鳥車が無ければ商品が運べない。そう告げようとした時「これを」と有無を言わさず大きな包みを渡された。直径２０ｃｍ程のやたらと重いそれは、感触から鉱石の様だった。
「これは？」
そう尋ねると村長はジュダの手の中の包みを開けて見せた。それは暗い部屋の中でもハッキリとした存在感を持っていた。商売人のジュダでもそうそうお目にかかれない大きさの黄金だった。
「なっ！？」
「これだけ有れば、新しく鳥車や商品を買う事も出来るし、当分生活は出来るだろう」
余りの事に、呆然としていたジュダだがそう言われて頭の中で素早く計算してしまう。流石は行商人と言った所だが、そんな計算など不要な程の大きさの黄金だった。
「これを持って早く村を出てくれ。ただし一つお願いがある」
「お願いですか？」いくら親身にしてくれる村長でもこれだけの物を渡すのだ、何か裏が有って当然かと思った。
「村外れの炭火小屋は覚えてるね」
覚えている。皆と一緒に炭を運んだのはついこの間の事だ。
「そこに君に預けたい者ある。誰にも気付かれない様にそれを村から運び出してくれ。頼む！」
「預けたい物とは？」
「それは今は言えない。誰かに聞かれたら困るんだ」
真剣な村長の顔と気迫に押され「わかりました」と了承したが、やはり気掛かりがある。
「あの、リスティアは？挨拶をしたいのですが・・・」と言うと村長は申し訳無さそうに「残念だが今病気になった子の所に見舞いに行っている。急に寒くなったからね」と申し訳無さそうに笑った。
そして、ジュダはいつでも出られる様にと纏めていた背袋の底に黄金の塊を入れて出立の準備をすると、人目を避ける様に裏口から村長宅を後にした。
月明かりに照らされた外は見た目程は寒くて助かったとと思いながら、新しく積もった雪に阻まれた道を明かりも付けず、ジュダは炭火小屋を目指したのだった。
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