1.この世のあらゆる春の中で（1941年作、「石ころだらけの坂道で」より「やがて」）
この世のあらゆる春の中で
この春は最も醜い
僕のあらゆる生き方のうち
信頼こそが最上のものなのに
草が雪を持ち上げる
墓石のように重い雪を
僕はといえば嵐の中で眠り
そして目覚める 明晰な目で
ゆるやかに短い時が過ぎる
其の時、街中の人々は通り抜けねばならなかった
僕らの最も親密な隠れ家を通って
僕が誰かと逢う為に
僕には野獣達の言葉が分からない
僕は奴らを知っている、奴らは全てを喋った
僕は美しい顔だけを見る
自らを信じる美しい顔だけを
やがて彼らの支配者達を滅ぼすことを確信する顔を
2.歌いながら修道女たちは駆け出す（1941年作、「石ころだらけの坂道で」より「女達の役割」）
歌いながら修道女たちは駆け出す
虐殺の場を清めに
薄化粧を施し素早くひざまずく少女達
換気窓から出た彼女達の手は寒さの為に
まるで実験のように青褪（ざ）めている
ある楽しげな朝のこと
直視せよ、彼女達の手を、死を、
直視せよ、涙に濡れた彼女達の目を
それは束の間の装い
この世の最後の装いなのだ
石ころ達は降りてきて、消えてゆく
大量の大切な水の中に
時のいまわの装い
胸を打つ思い出も無い
美徳の濡れ果てた井戸で
長き不在が場を占める
人は身を委ねるのだ、優しき肉体に
脆さの魅力に
3.死者は沈黙のようにひっそりと（1941年作「石ころだらけの坂道で」より「死者は沈黙のようにひっそりと」）
死者は沈黙のようにひっそりと
まるで大地に植えられた死者の沈黙のように
心には暗闇ばかり
単調で鈍い
まるで秋の日の沼のように
くすんだ恥辱で覆われた沼のように
毒はその花を失い
その黄金の獣を失い
人間たちにその夜を吐きかける
4.おまえ、私の耐えるものは（1941年作「石ころだらけの坂道で」より「忍耐」）
きみ、僕の忍耐強い人、僕の忍耐、僕の身内
誇らに高く保たれた胸 ゆったりとした夜のオルガン
しとやかさの中にあらゆる天国を隠した礼儀
復讐に床を用意せよ 其処から僕は生まれ出る
5.空と星を眺めて笑うのは（1941年作「石ころだらけの坂道で」より「他人の声」）
空と星を眺めて笑うのは
自信で潤った口元だ
利口者は
息子を欲しがり
息子は自分の息子を欲しがる
消耗し尽くすまで
時は愚者のみに重きを置き
破滅はひとり緑に萌える
やはり利口者は滑稽だ
6.昼は僕を驚かせ、夜は僕を怖がらせる（1942年作「詩と真実」より「狼�供廖�
昼は僕を驚かせ、夜は僕を怖がらせる
夏は僕につきまとい、冬は僕を追いかける
一匹の獣が雪を踏みにじった
砂をも、泥の中をも、その足で
僕らの足より遥かに遠くから来た其の足で
或る小道をも踏みにじった
其処では死が生命の刻印を刻んでいる
7.赤い空の下で、脅威は（1941年作「石ころだらけの坂道で」より「穢れなき戦場」）
赤い空の下で、脅威は
やってきた 顎の下から
うろこの下から 輪の下から
滑りやすくて重い一つの鎖から
命は分け与えられた
たっぷりと だから死は
律儀にその貢物を受け取った
人々が惜しみなく払ってきた貢物を
死は愛の神であった
勝利者達は接吻のさなか
彼らの犠牲の上で気を失った
腐敗は大胆だった
けれども赤い空の下で
血への渇望の下で
悲痛な飢えの下で
穴倉は閉ざされた
有用な大地は消し去った
前以って掘られた墓を
子供等はもはや怖れなかった
母の心の深き淵を
そして愚行と狂気と
卑劣さが道をゆずった
人間達に、同胞達に、
もはや生に対して戦いを挑まない人間達に
不滅の人間達に
8.自由（1942年作「詩と真実」より「自由」）
学校のノートの上に
僕の教室机と木々の上に
砂の上に 雪の上に
僕は書く 君の名を
読んでしまったすべての頁に
真っ白なすべての頁に
石に、血に、紙に、あるいは灰に
僕は書く 君の名を
金色の像に
戦士の武器に
王の冠に
僕は書く 君の名を
ジャングルに 砂漠に
鳥の巣に エニシダに
僕の幼い頃のこだまに
僕は書く 君の名を
夜の奇跡に
日々の白いパンに
婚約の季節に
僕は書く 君の名を
僕のすべての紺色の古着に
くすんだ陽がさす池に
生き生きとした月が映る湖に
僕は書く 君の名を
畑に、地平線に
鳥たちの翼に
それから木陰の水草に
僕は書く 君の名を
夜明けに吹く風ごとに
海に 帆船に
荒れ狂う山に
僕は書く 君の名を
雲の泡に
嵐の汗に
激しい雨に、退屈な小雨に
僕は書く 君の名を
きらめく形に
カラフルな鐘型ガラス蓋に
物理学の真理に
僕は書く 君の名を
灯ったランプに
消えたランプに
再びまみえた僕の家々に
僕は書く 君の名を
二つに切った果物に
僕の部屋の鏡に映る
もぬけの殻の僕のベッドに
僕は書く 君の名を
食いしん坊で優しい僕の犬に
そば立てたその耳に
不器用なその足に
僕は書く 君の名を
僕の扉の踏み台に
慣れ親しんだ品物に
祝福された炎の洪水に
僕は書く 君の名を
触れ合ったすべての机に
僕らの友達の額に
差し出されたそれぞれの手に
僕は書く 君の名を
驚きの窓ガラスに
注意深い唇に
とりわけ沈黙の上に
僕は書く 君の名を
壊された僕の隠れ家に
崩壊した僕の灯台に
僕の物憂さの壁に
僕は書く 君の名を
欲望なき放心に
剥き出しの孤独に
死の行進に
僕は書く 君の名を
戻ってきた健康に
消え去った危険に
思い出なき希望に
僕は書く 君の名を
そして一つの言葉の力によって
僕は再び生きる 僕の人生を
僕は生まれたのだ 君を知る為に
君を名付けるために
自由と
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