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2016年11月27日23:57

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☆☆☆28年前の事件 女子高生コンクリート詰め殺人事件

女子高生






コンクリート






詰め殺人事件



皆さん、こんにちは!



マリータです。



訪問ありがとうございます。



今回も最近感じたことを
書きたいと思います。



今の時期になると、
今から28年前に
東京で起きた、
女子高生コンクリート
詰め殺人事件を
思いだしてしまいます。



1988年11月25日
少年がぐるになって、
被害者女子高生を誘拐。
監禁、強姦、
暴力をして殺害した。
ドラム缶に遺体を詰め、
コンクリートを流し込んで、
遺体を遺棄した。



人としての尊厳を奪い、
自ら死を望むほどの
凌辱を与えて殺害した罪は
重いなって思います。



少年とはいえ、
人のやることでは
ないと思いました。
まさに鬼畜の所業。
本当に死刑に
するべきだと思った。



実行犯すべてが少年だったが、
当時の「週刊文春」は
少年を実名報道。
これに対しての賛否両論が
巻き起こったが、
残虐極まりない事件に、
世の中は、批判を
大きく上回り、少年法と、
その報道にめぐる議論に
大きな一石を投じる事件となった。



以下は、wiki様を参考にしました。



女子高生コンクリート詰め殺人事件
(じょしこうせいコンクリート
づめさつじんじけん)は、
1988年(昭和63年)11月から
1989年(昭和64年)1月の間に
東京都足立区綾瀬で起きた
猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、
暴行、殺人、死体遺棄事件の
通称である。事件番号は平成2う1058。



この事件は、加害者が全て少年
(未成年者)であったこと、
犯罪内容が重大・悪質であったこと、
犯行期間も長期におよび、
少女が監禁されていることに気づいていた
周囲の人間も被害者を救わなかった
ことなどの点で社会に大きな衝撃を与えた。



監禁殺人事件

※以下、主にネット上での噂が重なり、
創作の可能性と事実と異なる部分がある。



誘拐の経緯は、バイト帰りの
女子高生の自転車を少年C(犯行当時15 - 16歳)が蹴り、
少年A(犯行当時18歳)が親切な素振りで近づき、
「お前はヤクザに狙われている」
「俺が助けてやる」と言い、
ホテルに連れ込んで女子高校生を強姦し、
事件の現場となった家の自宅2階の居室に監禁した。
少女を帰そうとせず、輪姦、性器に
ビン・マッチ・タバコなどの異物挿入、
裸踊りや自慰行為の強要、
タバコを2本一度に吸わせる、
シンナーを吸わせたりした。



少女は、少年らの隙をついて
警察に通報したのだが少年Aに見つかり阻止され、
その腹いせに足にライターの
オイルをかけて火で何度も
あぶるという暴力行為をし、
彼女の焼け焦げた足の腐臭を疎ましく思い
強姦の対象から暴力へと変貌し、
1m以上上から鉄棒を腹に落とす、
トイレにも行かせず飲料用紙コップに
排尿させその尿を飲ませる、
1.6kgの鉄球付き棒で大腿部を
数十回にわたって殴打したり、
被害者の脇腹部、脚部などを
多数回にわたって手拳で殴打し、
全身が血だらけになり目の位置が
わからなくなるほど顔を膨れ上がるほどの
殴る蹴るなどの行為を繰り返し、
少年B(犯行当時17歳)が
「なんだお前でっけえ顔になったな」と笑う、
真冬の時にベランダに裸で放置、
顔面に蝋をたらす、などの
苛烈な行為を41日間にわたり行った。



女子高生を監禁していた家の両親は、
女子高生の存在を認知しており、
一度1階で一緒に食事を摂ったりした。



その折、女子高生に
「早く帰りなさい」と促し、
一時は家を出たのだが、
加害者の少年の一人が
連れ戻したので、
結局監禁は続いて行われた。


1989年(昭和64年)1月4日、
「ギャンブルに負けた」という理由で、
自力では立てなくなりほとんど
動けなくなった被害者を
2時間にわたって殴る蹴る、
足をライターオイルで焼く、
鉄の棒で殴るなどのリンチを加え放置し、
その結果被害者は死亡した。



翌日、被害者の死亡に気づき
死体の処理に困った加害者たちは、
遺体を毛布で包み旅行バックの中に入れ
ドラム缶に入れてコンクリート詰めにして、
東京都江東区若洲の埋め立て地
(現在の若洲海浜公園敷地内)に遺棄した。



同年(平成元年)3月29日、
別の事件で逮捕された際の取調中の
加害者の供述により、
被害者の遺体が発見された
ことから事件が発覚した。



裁判



加害者4名が刑事処分相当として
東京家庭裁判所から検察庁へ
送致(逆送)され、刑事裁判にかけられた。



1990年(平成2年)7月20日に開かれた
東京地裁刑事四部の判決は、
主犯格の少年Aは懲役17年
(求刑無期懲役)とした。
他の少年3人には準主犯格と見られる
少年Bに懲役5年以上10年以下(求刑懲役13年)、
監禁場所に自室を提供した
少年Cに懲役4年以上6年以下
(求刑懲役5年以上10年以下)、
最も関与が薄いと見られた
少年D(犯行当時16 - 17歳)に
懲役3年以上4年以下
(求刑懲役5年以上10年以下)の
不定期刑を言い渡した。



本件では殺意の有無について
争われたが松本光雄裁判長は判決で
「未必の故意」を認めて殺意を認定した。
一方で検察側の求刑より軽い理由として
少年らが家庭内暴力を受けていたこと、
犯行が計画的でなかったこと、
Aの両親が遺族に5千万円を支払っていること、
少年らが裁判中に人間性に目覚めていることなど
情状酌量の事情を取り入れた。



なお、少年D以外は殺人の他に
婦女暴行、窃盗、傷害なども
有罪と認定された。
検察側は少年A、B、C、Dに関する量刑不当を、
少年Bの弁護人は同少年に関する
量刑不当を、少年Cの弁護人は
同少年の殺意の有無に関する
事実誤認および量刑不当を主張し、
それぞれ控訴した。



1991年(平成3年)7月12日、
東京高等裁判所は、少年A、C、Dに関する
検察側の主張を認め一審判決を破棄、
主犯格の少年Aに懲役20年、
少年Cに懲役5年以上9年以下、
少年Dに懲役5年以上7年以下を
それぞれ言い渡した。



一方で少年Bに関しては
懲役5年以上10年以下とした
一審判決を支持、
双方の控訴を棄却した。
その他3人の少年が少年院に送致された。



少年たちのその後



少年Dは少年院を退院後、
自宅に引きこもるようになったという。
また少年Bは、仮出所後、
保護観察関係者の女性と
養子縁組を結び姓を変えていたが、
2004年(平成16年)5月19日に
再び同じ足立区や三郷市で
男性に言いがかりをつけ
監禁致傷事件を起こし、
しかも当事件を脅し文句に使うなど
更生した様子を見せず、
6月4日に逮捕され、
懲役4年が確定した。



当時服役中だった少年Aは
模範囚だったことから
仮釈放の予定だったが、
この事件の影響で取消になったという。
主犯格少年A以外の少年たちは、
出所あるいは退院後、
それぞれマスコミの
インタビューを受けている。



2013年(平成25年)1月に、
元少年Aは振り込め詐欺で
逮捕された。Aは池袋の銀行で金をおろ
す「受け子(出し子)」をしていたが、
完全黙秘を貫いたため、
詐欺グループの解明が出来ないまま、
1月31日に不起訴で釈放された。
その後のAの足取りは不明だという。



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女子高生コンクリート事件 



当時の生々しい報道 [人間の屑]
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