『銀色の始まり』
ルティが村を離れてから約２年が経っていた。
幾つかの山と森を抜けてルティは青年と一緒に新しい村へとやって来た。
村の名前はココット、豊かな森と山に囲まれた活気に満ちた村で暖かな気候では有るが故郷の村と何処か似た雰囲気を持っていた。
「この娘をハンターにじゃとぉっ！？」
ハンターズギルドの建物の前。村の寄り合い場所の様な場所で村長の驚きの声が上がる。
「あぁ、ハンターの試験を受けさせてやって欲しい」
突然の訪問にも関わらず、暖かく迎えてくれた村長さん。旅の疲れを労いながら近況を話す中、傍らの少女の話になった。
「いくらおまえさんの頼みでも、こんな小さな娘にハンターは無理じゃろ」と青年の隣で事の成り行きを静観している少女を見る。
だが、少女は真っ直ぐ村長の目を見ると「大丈夫です」と断言した。その瞳には奢りも慢心も感じられなかった。
そもそもこの青年が連れて来て、太鼓判まで押したのだからと思う反面、その幼い姿に不安も残る。
「俺が保障するって♪だから試験だけでも受けさせてくれよ。その後の判断は任せるからさ」
基本、ハンターに年齢制限は無い。実際１２、３でハンターになる者も居る。
「しかし、もしもの事があってはのぉ・・・」
ズボンの裾や服の袖から見える四肢は確かに程よく鍛えられている。しかし、村長が見るに少女は１０〜１１といったところだろうか。
「その辺の覚悟もちゃんと出来てるよ。なっ？」
「勿論」と頷く少女。
「村長さんどうしますか・・・」
受付嬢の言葉に少し悩んだ後「はぁ〜」と溜息を吐くと、指を３本立てた。
「・・・ランポス３頭じゃ・・・」
やったと親指を立てて見せる青年。
それを見て少女も笑みを見せた。
「この近くの丘陵の森の中、『森丘』と呼ばれているエリアじゃが、最近になってまたランポスが増え出しての、このクエストをテスト代わりにする。良いか？」
『目は口ほどにものを言う』少女を見る村長の目は複雑な感情を表していた。
しかし少女は極自然に「構いません」と了承した。
「構わないが初心者の試験にしては少し難しいんじゃ？」
「お前さんの推薦じゃからの、やめるなら構わんぞ」
本来、ハンター承認テストはもっと基礎的なクエストで行なわれるが、村長は業と初心者には難しいクエスト提案した。これで諦めてくれれば、御の字と思ったのだ。しかし「成る程。まぁこいつにはそれでも優しい方だけどな」と笑って見せる青年の表情に、「む〜・・・」と唸った。
そして、試験は初心者には厳しいこのクエストに決まったのだ。
「では、仮登録しますね。お嬢さんお名前は？」
少女はギルドの受付で手続きを受けていた。
「ルティエティミス・クリアーです」
「ルティエティミス・・・ちょっと長くてハンターカードに書き切れませんね・・・」
沢山の情報が記録されているが故に名前を書く欄が少し狭いのがこのカードのちょっとした問題だった。偶に長い名前の人がこういう状況になるのだ。
「愛称とかあるかな？」と笑顔で聞く受付嬢に「それならルティで・・・」と言い掛けた青年の言葉をルティが足を踏み付けた。
「おうっ！？」
片足で立ちながら、踏まれた足を押さえる青年を余所に「それじゃ、ルーティスで！」と答えた。
２人のやり取りに目をパチパチさせた受付嬢だったが、「えっと、ルーティスね」と再確認して申請書に記帳した。
「後でカードは持って行ってあげるわ。小さなハンターさん」と微笑んだ。
次の日の朝早く村長やギルドマネージャー、受付嬢、そしてまだ眠そうな青年に送り出され森丘に向かったのだ。
森丘は村から近い為まだ朝の気配の残る中ルーティスはベースキャンプで最後のチェックと身支度をしていた。支給用の品が入っているＢＯＸを開けて中身を確認して驚いた。
「こんなのまで入ってる・・・」
そして、ルーティスは昼過ぎには帰って来たのだ。
「随分早かったが、諦めたのかの？」と村長が言うとルーティスは「ちゃんと狩って来たよ」と荷袋の中から赤く小さなトサカや爪など３頭分の素材を取り出して、それを村長に見せた。
「むぅ・・・確かにランポスのトサカじゃ・・・」
村長とそこにやって来たギルドマネージャーと受付嬢も驚きを隠せ無かった。
「これは認めん訳にはいかんの」と話すギルドマネージャーと村長。
受付嬢に至っては「凄いじゃない！」と言ってルーティスに抱きつく始末である。
村長とギルドマネージャーが抱き付かれているルーティスを見ていると、何かを思い出したルーティスは更に袋から赤いトサカを取り出した。
「邪魔だったからこいつを撃退したんだけど、良いんだよね？」と抱き付く受付嬢に見せた赤いトサカは先程のランポスの物より遥かに大きく、それが普通のランポスの物では無い事は誰の目にも確かだった。
「え！？これって・・・」
トサカを手に更に驚く受付嬢が振り返り、そのトサカを村長達に見せると２人も同じ反応を見せた。
「お前さん、これをどうしたんじゃ？」
トサカを手に驚く村長。
「ランポスを追い掛けてたら邪魔してきたから・・・リーダーが居なくなれば雑魚は散りじりになるから当分大人しくなると思うし・・・ダメだった？」
ダメではない・・・無闇にモンスターを狩るのは許されていないが、狩猟中に乱入してきたモンスターや命の危険に晒された時等は例外である。しかし・・・。
「これはドスランポスのトサカじゃな！？この短時間でドスランポスを狩ったというのか？」
「うんん、怪我をさせてあの辺から追い払っただけ。倒した方が良かったかな？」
自分の判断が間違っていたのかと少し不安な顔になるルーティス。
「倒すって、ドスランポスを？」信じられないといった表情で驚く受付嬢。
「支給品の中に罠が有ったから」
「有ったからって・・・」顔を見合わせる村長とギルドマネージャーは遂に諦めたといった表情で息を吐いた。
「わかったワシの負けじゃ。お前さんをハンターとして認めよう」と、村長は微笑みルーティスに手を差し出した。
「ありがとうございます」と握手するルーティス。
「小さなハンター、ルーティスの誕生じゃの」とギルドマネージャーも満足気に頷いた。
「良かったねルーティス。でも無理はしないでよ、ハンターはちゃんと帰って来てこそなんだから」と再び抱き付く受付嬢に「わかったわ」と素直に喜ぶルーティスだったが、きょろきょろと回りを見回した。
その仕草に気が付いた村長が、少し困った様に表情を曇らせた。
その表情に首を傾げるルーティス。
「あ奴ならもう居らんよ」
「・・・えっ！？」驚くルーティスの表情に不安が見える。
「あ奴はお前さん・・・いや、ルーティスなら大丈夫だから後は頼むと言ってな、朝の内に旅立って行ったよ。やはり、聞いておらんかったか・・・まったく、また厄介な仕事でも請けたんじゃろうて」
放心状態のルーティスに村長の言葉は届いていなかった。突然走り出したルーティスの肩を掴みギルドマネージャーが止めた。
「放してっ！」
叫び、振り払おうとするがその細腕からは信じられない力でルーティスの抵抗を許さなかった。
「お前の事を奴から頼まれたからの。それに奴からの伝言もある」
「・・・」掴まれた肩の痛みと追い掛けたい衝動に溢れながらも、ギルドマネージャーの顔を憎らしげに見た。
「『お前がこの村で一人前になったら、村長に認められたら追いかけて来い！』だそうじゃ」
「！？」
「そして、こうも言っておったの、『その時まで、あの双剣は預かって置く』とな」
その言葉を聴いて体を強張らせる。
母の形見の双剣。あの双剣はこの約２年の間一度も見ていない。武流が何処か安全な場所に保管していると言っていたのだ。
最初の頃は口を開けば「返せ！」と言っていたが、やがて諦めていた。ハンターに成れば返して貰えるとばかり思っていたのだが・・・。
失意に項垂れるルーティス。
「ルーティスちゃん、大丈夫？」と、膝を着きその背中に手を添え心配する受付嬢は項垂れたままブツブツと言っているルーティスの顔を覗き込もうとした瞬間だった。突然顔を上げたルーティスに驚き尻餅を突いた。
「武流のぶぁかーーーーーーっ！！！」
そしてルーティスは青年に聞こえる様に空に向かって大声で叫んだのだった。
その声は何処までも青い初夏の空を翔けて行った。
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「それから約２年間、ココット村でハンターをしていたのじゃな・・・」
それまで一言も口を挟まなかった琴乃葉の祖父、語り部の里の村長はルーティスの瞳を射抜く様な真剣な眼差しで見詰め、そう確認した。
「そうです」
ルーティスも動じる事無く返す。
「知ってます！単独でのモノブロス討伐に通り名を貰う切っ掛けとなった伝説のラオシャンロン撃退戦！」
口の前で祈る様に手を合わせ、目を輝かせ饒舌に語る琴乃葉。
「村のヒーローブレイドを抜いたのに、元に戻しちゃった話とかもうビックリでーっ」
キャーキャーと言わんばかりの高いテンションの琴乃葉を見るのは初めてだが、どうやらここから先は調べが付いているらしい。
小さい頃に読み、憧れた英雄譚の発端となる話しに、テンションがＭＡＸの琴乃葉に「やれやれ」と言いながらもほっこりとした表情で見る村長。
「それで、どうでしょうか？」
ルーティスにとって初めて見るテンションの高い琴乃葉を見るのも楽しいが、今はそれどころでは無かった。自分の話（情報）がこの御仁を満足させる物だったのかどうかが気に掛かる。
「ふむ・・・」と少し間を置いて「とても興味深い話じゃった・・・」と“にかっ”と笑って見せた。
「それじゃあ！」
「ふむ、ルーティス殿の求めている情報は提供しよう」
「おじいちゃん！」
琴乃葉も自分の事の様に喜び、抱き付いた。村長は「ほっほっほっ」と笑いながら琴乃葉の頭を撫でた。
「さて、では今度はこちらの話を聞いて貰おうかの」
村長はお茶を１口啜ると、物思いに耽る様に少し遠い目をして語り出した。
「この話を聞いたのは、もう随分昔の話じゃ・・・」
そう切り出された村長の話。それは昔々、まだハンターズギルドが生まれる前の悲話だった・・・。
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