『銀色の復讐者』
過去に飛竜が巣くっていた洞窟で繰り広げられた惨劇。
まだ明け切らない朝の中、その惨劇はたった１人の少女に因って引き起こされ、男達の悲鳴が響いた。例え被害に合った者が賊であろうとも・・・。
暗い洞窟の奥で続く闘いの中、弓使いの男が投げた２つのこやし玉は見事に命中し、その効果を十分に発揮した。
驚異であった上位固体だと思われるドスランポスはこやし玉をぶつけられた瞬間、顔をしかめると身を捩って逃げ出したのだ。
逃げて行くドスランポスを見送り、洞窟の外へと姿を消したのを確認した所で安堵の息を吐く・・・。
「上手くいったな・・・」
「ああ・・・！？」
カタッ・・・。
緊張を解き、弓使いがリーダーの言葉に答え様と手を上げた時、後ろで小石が音を立てた。
人の気配は無かった。だが今、正に溢れ出した憎しみの感情が激流の様に襲い掛かり、振り返った弓使いの右腕を切り落とした。
「うっ、うわあああぁぁぁ・・・！？」
崩れ落ちる弓使い。膝を付き、傷口を押さえながら苦悶に満ちている。その後ろにリーダーの男は血塗れの小さな少女を見た。
「お、お前・・・！？」
ゆっくりとリーダーの男に視線を向ける少女。深い悲しみと憎しみでぎらつく瞳の奥に潜む冷静さに、リーダーの男は臆し、足を退いてしまった。
顔に付いた血を手の甲で拭う少女。其の手には２本の小剣が握られていた。
「それは・・・」
それは教会から盗み出した御神刀の双剣・・・。
男達がモンスターに気を取られている間に、暗がりに紛れて荷物の中から探し出し取り戻した、今となっては母の形見となった凶刃が少女の憎しみの心を感じ取ったかの様に鈍く光る。
「お前だけは、許さない・・・」
殺意に塗れた視線に射抜かれ、体を蝕まれる感覚に更に１歩後ろに下がる・・・。
山賊へと身を堕としてからこれまで、殺意を向けられた事は何度も有った。だが、その殺意に恐怖を感じた事など１度も無かった。そんな自分がこんな子供に恐怖を感じている。
下がってしまった自分の足を見て、驚きと苛立ちと怒りが込み上がり、賊のリーダーの男は咆えた。
「な・・・舐めるなーーーっ！」
声を上げ、自分に括を入れて大剣『族長の大剣』を振り上げた。
そんな事に構わず、歩みを進める少女に振り下ろされる大剣が空を切り、地面の岩肌を砕く。
バキィッ！
もし当たれば、華奢な少女の体など１撃で原型を留めないであろうその凶刃を躱し、少女は男の右腕へと襲い掛かった。
子供とは思えない動き。始めて目にしていればこの動きに驚きやられていたかも知れない。だが、男は昨日の教会でその闘い振りを目の当たりにしていたのだ。すかさず振り下ろした大剣を捻り薙ぎ払う。
だがこの攻撃を少女はその小さな体を活かし、身を屈めてやり過ごす。
薙ぎ払った大剣の重さに体が持っていかれた体勢からは素早い反撃は無いと思った少女が懐に飛び込もうとした時、目の前に男の足が襲い掛かってきたのだ。
ガツッ！
大きく後ろへと飛ばされる少女。だがダメージは少なく腕をクロスした姿で立っていた。開かれている片方の瞳が男を睨みつける。
「チッ！防いだか・・・」
どんなに動きが良くても小さな子供だ。態々大剣を当てなくても、蹴りや拳が当たれば動きも鈍るだろうと放った奇襲が不発に終わり、男が苛立ちに顔を顰める。
お互い警戒しつつの攻防が続いた。
少女は大剣だけでなく、蹴りや拳にも警戒をしながらも足を使った素早い動きで男に襲い掛かり、男はハンターでも剣士でもないその素早い動きに振り回されつつも、たった１撃のクリーンヒットを狙っていた。
堕ちている２本の松明の明かりが揺らめき、壁に映る２人の影もまた揺れていた。
サラサラと水の音が２人の剣戟の音に紛れている。
リーダーの男は闘いながらも知らず知らずの内に洞窟の奥へ、奥へと移動していた。
天井も低くなってきて大剣が振るえなくなるのではと警戒していたがまだ十分な高さがある。外の光はとっくに届いていないが周りで燃えている松明の光で視界は確保されていた。
勿論横の広さも十分、グッと大剣を握り締め少女の閉ざされた右目の方、死角へとにじり寄る。
その時だった、突然少女は自分とは別の方向へと走り出した。
（逃げ出したのか？）
男がその行動に警戒して動けないで居ると、その隙に少女は自分達を照らしていた松明を拾い集めた。
その両手に掲げられた松明の炎が揺らめく。
少女の行動が読めない、しかし今少女は双剣を鞘に戻し松明で両手は塞がれている。あの松明を投げ付けられたところで高が知れている。
（所詮子供のする事か・・・）
距離は１０ｍ程、男が意を決して１歩踏み出した時、少女はその２本の松明を洞窟の端へと放り投げた。
「それがどうしたーっ！」
男の叫びの中、ジュッと言う音と共に一瞬で光が失われ、視界は完全な闇に包まれた。
予想だにしない行動に男は驚いたが、それでも構わず少女が居た場所へと大剣を叩き付けた。
そこに少女は無く、地面を撃つ手応えと音が響く。男は直ぐ様自分の回りに円を描く様に薙ぎ払う。
だが、その攻撃にも手応えが無い。
突然の暗闇に視界は完全に奪われた。だがそれは少女も同じ筈。だったら何故？と困惑する男は焦りから大剣をデタラメに振り回す。
「くそっ！くそっ！！」
しかし幾ら力に自信が有ると言っても、重く巨大な大剣を振り回し続ける事など出来ず、その重さと暗闇に因りバランスを崩して倒れそうになる所をどうにか足を踏ん張り、堪えた。
焦りと恐怖で息が荒くなり、鼓動が早鐘の様に鳴り響く。
「ど、どこに行った！」
無情にも闇の中、木霊する声だけが響いていた。
当然答える者等誰も居ない。
そんな男の直ぐ後ろで少女の右目が悲しく揺らめいた・・・。
そして、男の右側でカラッと石の転がる音がした。
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青年は慎重に、それでも出来るだけ急いで洞窟の奥を目指していた。
まだ残っているかもしれないランポスと賊を警戒しつつ歩みを進める。そして死んだ者、もう助からない者には刃を立てて行った。
生き残った者はガンランスで殴って気絶させていく。この作業に一番時間が掛かった。いっそ全て殺してルティの所へと駆け付けたかったが、今回これがこの青年の仕事だった。
盗賊の退治と捕縛。
殺すな。とは言われていないが、出来るだけ連行して欲しいとは言われていたのだ。
当然連行するのは、首領格の者が良い。
それは直ぐに適った。右手を失ってはいるが副将格の男が呻きながら蹲っていたからだ。
青年は大量の血を流して、朦朧とし始めていた所を１発殴って気絶させた。そしてガンランスのカートリッジから抜き取った火薬を傷口に振り掛けると火を着けて焼き、乱暴に止血した。
痛みで意識を取り戻し、また呻き出した弓使いの男を近くのロープで縛り上げ奥を目指した。
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既に外からの明かりは届かない。青年は洞窟に入る前に閉じて、闇に慣らして置いた方の目を開き慎重に急いだ。
程なくして足元に左の脇腹から血を流した男の死体を発見した。うつ伏せに倒れた男の背中には１本の剣が突き刺さっている。
青年はその背中に更に刃を立てから辺りを探した。
暗い洞窟の中、更に暗い影が幽鬼の様に動く。
青年は視界の端から飛び出した小さな影に握られた刃をガンランスで去なすとその小さな体を抱き止めた。
「ルティ！」
名前を呼ばれ、ビクッ！と体を震わせる。そして恐る恐る、ゆっくりと小さな影は顔を上げた。
「もう大丈夫だ」
見上げる虚ろな瞳に感情の光が戻り青年の顔が映ると、押し止めていた涙と感情がゆっくりと溢れ出してきた。
そして、ルティは青年に抱き締められながら泣いた。
散々泣いて、どうにか落ち着いたのを見て青年がルティを抱き上げた。
ルティは驚き顔を赤くしたが、顔を伏せ直ぐに大人しくなった。
そして抱き上げられたまま洞窟の惨状を見る事になった。その大半は死に絶え、生き残った者は青年によって気絶させている事を告げられる。
「私が・・・殺したんだね」
「違う！」
ルティの言葉を空かさず青年が否定した。
何を？と思うルティに青年は言葉を続けた。
「良く見ろ、こいつ等は俺が殺したんだ」
その言葉に驚くルティ。そんな嘘をと思ったが、見れば自分の斬ったのとは別に胸や背中の中心に傷が有った。ただ正直この洞窟に襲い掛かった時からの事はぼんやりとしか覚えていない。それでも生々しい手応えはその手に現実として残っていた。殺してやるという感情も・・・。
そう考えると手が震えてきた。
いや、最初から震えていたのかもしれない。お母さんが殺されたあの時から。そう思いながら震えの止まらない血塗られた手を見た。
「俺は仕事でこいつ等を討伐する為に来たんだ。だからこれは本来俺の仕事だったんだよ」
（何を言っているのだろう・・・）
「お前が先に来て、混乱させてくれたお蔭で簡単に仕事が片付いた・・・」
（仕事・・・）
「こいつ等は全て俺が仕事で殺した。捕まえた奴は依頼者に渡す。それだけだ」
（違う。全てじゃないかもしれないけど、確かに致命傷を与えた。絶対に助からない怪我を・・・）
「だから、お前が背負い込む必要はないんだ」そう青年は力強く言ったのだった。
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ルティ達が村に戻った時、教会の周りは騒然となっていた。教会は荒らされ、その中には司祭と見知らぬ男の死体が残されていたのだから当然だろう。
そこに姿の見えないルティが知らない青年と戻ったのだ。遠慮の無い村人の勝手な憶測と疑心の視線が向けられた。ルティを心配する子供達も居たが、親に止められ遠ざけられる。
そんな状況を村長が一括してどうにか場を納め、ルティは村長の指示でわだかまりを持ったままの村人と一緒に母の葬式を出した。その後村長の家へと青年共々招かれ、暖かい夕食を食べた後今回の事件の経緯を全て話した。
ルティにとって一生忘れられない長い、本当に長い２日間が終わり、これまで張り詰めていた糸が切れた事と溜まりに溜まった疲れで泥の様に眠るのだった。
翌朝、食卓で村長夫婦はルティを引き取ると言ってくれたが、ルティはその申し出を丁重に断った。
「ありがとう村長さん。でも私はこの人に付いて行く事にしたから」
「なっ・・・！？」
突然の話に驚く青年。
「しかし、ルーティスよ・・・」
村長夫婦は心底心配して、ルティを説得しようと言葉を尽くしたがルティの決意は固かった。
「私はお母さんを護れなかった・・・それは私が弱かったから・・・。だから、この人に鍛えて貰います。大事な人を今度こそ自分の手で護れる様に・・・」
決意に満ちた瞳に迷いは無く、村長を見詰めていた。
「ちょっと待て、俺はそんな事・・・」
（私の裸を見た事を村長さんに話すわよ・・・）
意見を唱えようとした青年の言葉が詰まる。
（ぐぅ・・・）
子供の裸を見たからなんなんだ、と思いながらもルティを心配している村長夫妻が同じ様に思ってくれるとは限らない・・・。
何か言いたそうに悩んだ末に、青年は力無く頭を垂れた。
「分ったよルティ」
青年の言葉に村長は驚いた。そして顔を綻ばせると「そうか、そうか」と頷いた。
「ハンター殿、確かにここに残るよりあなたに付いて外の世界に出た方がこの娘の為なのかもしれません」
村長婦人は愛おしくルティの頭を撫でると抱きしめて「いつでも帰っておいで。ここはお前の故郷なのだから」と微笑んだ。そして青年の方に向き直ると「この娘の事よろしく頼みます」と深く頭を下げた。
こうしてルティは小さな村を飛び出し、外の世界へと旅立つ事になった。
大きな志と小さな不安を胸に、大きなバッグと１対の双剣を背に・・・。
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