『銀色の戦慄』
「ん、んんん・・・」
ケツが痛い、どうやらあのまま寝たのかと顔を上げてハッとなる。膝の上にいたルティが居ないのだ。
周りを見回せば、干してあったルティの服が無くなっている。そして直ぐ傍には葉っぱに乗った果物が置かれていた。
ああ・・・と頭を掻く。
自分の不甲斐無さに凹みながらも青年は素早く行動を起こした。
支度をしながら頭を巡らすが考えるまでも無い。
（あのアジトだよな・・・）
青年は最低限の荷物だけ持つと、ルティの置いて行った果物を齧りながら洞窟を出てまだ暗い山へと駆け出した。
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夜の雨が嘘の様に晴れ、東の空が紫色にうっすらと明るくなり始めた刹那な時間。青年がアジトとなっている洞窟の傍まで来て様子を伺おうと身を隠したが、その必要は無かった。洞窟の前は青年の予想を遥かに超えた惨状となっていたのだ。
着の身着のままで横たわる賊達とその合間に倒れる青い鳥竜種『ランポス』の死骸。その数は１０体を超えていた。
（偶然襲われたのか・・・しかし、タイミングが良いのか悪いのか・・・）
洞窟の入り口に急ぐ青年。その途中で微かな声を聞いて立ち止まった。
「た、助けて・・・助けて・・・くれ・・・」
ルティの事は心配だが、この状況の情報は欲しかった。青年は男の横へ駆け寄り傷を見た。
「何があった？」
ごふっ！
男は口元を血で染めながら、怨めしそうに「ガキが・・・モンスターを連れ・・・て・・・」と言った所で絶命した。
「ちっ！」
青年は男に突き刺したガンランスを引き抜きながら舌打ちをした。
予想を超えていた。賊が襲われたのは偶然じゃない。ルティが引き起こしたのだ。
その光景を見ていた別の賊の男が引き攣った悲鳴を上げた。
其方を見る青年。
「助け・・・助けて・・・くれ・・・！？」
青年から逃げ様と体を動かし、地面に着こうとした腕は有り得ない方向に曲がり支えにならず倒れ込む。裂けた腹から血が溢れ地面を染めていった。
苦しそうに咽ながらも「助けて・・・」を繰り返す賊に哀れみと氷の様な視線を送りながらガンランスを振り上げた。
「お前はそうやって助けを求めた、人達に情けをかけた事があるのか？」
青年のその言葉にハッとなり、恐怖に足掻く男の胸をガンランスが貫いた。
「どの道その傷じゃ助からない。せめてその手に掛けた人達に詫びながら逝くんだな」
ズッ・・・。
ガンランスを引き抜きながら、青年は転がっている賊を見た。助かる見込みの無い者や完全に死んでいる者にはガンランスを突き立て、軽症な者はガンランスで殴って気絶させ逃げられない様にした。本当ならちゃんと拘束したい所だが、ルティの事を考えるとその時間も心の余裕も無かった。
そんな時だ、洞窟の入り口から感じた気配に青年は驚いた。
ドス、ドス・・・ドス・・・。
大型のモンスターが洞窟の中から現れたのだ。
青い鱗に覆われた鳥竜種。だがその体躯は周りに転がっている物とは明らかに大きさが違った。欠けてはいるものの大きく赤いトサカがその存在を誇張している。
ランポス達の王、『ドスランポス』
そのドスランポスが数匹のランポスを従えながら、洞窟から出てきたのだ。しかし既に傷だらけとなっていたドスランポスは武器を構える青年には目もくれず一目散に森へと逃走したのだった。
（一体何なんだ！？中で何が・・・）
青年は片目を瞑りドスランポスが戻って来ないかと警戒しながらも洞窟へと急いだ。
足を踏み入れた洞窟の中も外と変わらない状態だった。だが倒れている者の中にルティの姿は無い。
（奥に逃げたのなら、まだ大丈夫だろうけど・・・）
外と同じ様に虫の息となっている者には止めを刺し、既に死んでいる者にも刃を突き立て、無事な者はガンランスで殴って気絶させながら奥へと急いだ。
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まだ寝ている者も多く居た洞窟の中は地獄絵図となった。それは１人の銀髪の少女に因って引き起こされたのだ。
昨日の雨が嘘の様に晴れ、山々に遮られまだ見えない朝日に空が紫に染まり始めた頃、洞窟の入り口近くの森から１人の少女が飛び出して来た。
２人の賊が外で見張りをしていたが、うつらうつらとしていた為に気が付くのに時間が掛かった。嫌、明らかに遅過ぎた。
少女はその２人の横を走り抜けると洞窟の中へと入っていったのだ。
「な、なんだぁ？」
慌てて少女を寝ぼけ眼の目線で追った男達の後ろから、草を踏み鳴らし複数の青い影が飛び出した。
ギャア、ギャア！
青い鱗の鳥竜種の群れ。更にその後ろから現れた一際大きな鳥竜種の王だ。その群れがルティを追い掛けて森から飛び出し、洞窟の中へと雪崩れ込んだのだ。その状況に対応出来ずに慌てふためく賊達の中からルティは焚き火の前に立つ１人の男を探し出した。賊のリーダーの男。ルティは賊達の間を走り抜けると手に持っていた血の滴る肉をリーダーの男に投げ付けて、ルティは足を止める事無く洞窟の奥へと走り抜けた。
「あのガキは！？」
ルティが消えた洞窟の奥を見て、リーダーの男が咆えたその後ろから手下の悲鳴が洞窟内を木霊した。
ギャァ！ギャァ！
聞き覚えのある鳴き声と悲鳴に驚きながら振り返る。
入り口から入ってくるその姿に驚き逃げ惑う手下に舌打ちをすると「うろたえるな！」と叱責し「たかがランポスだ、蹴散らせ！」と仲間に発破を掛け、自身はその隙に防具を着け始めた。
胴鎧を着けた所で更なる絶叫が響く。
「なんだ？」と入り口の方を見た時、手下の男を銜えた大型のランポスの姿がそこに有った。
ギャァ！ギャァ！
血の臭いに誘われ、銜えていた男を地面に叩き付けリーダーの男に狙いを定めるドスランポス。リーダーの男は右手で大剣を取りその切っ先をドスランポスに向けながら、左手で兜を被る。
突然の跳躍で襲い掛かるドスランポスを横へ転がる事で回避すると、ドスランポスが振り返るより早く大剣を薙ぎ払った。
剣先は太股を捕らえたが、崩れた体勢からの１撃は硬い鱗と強靭な筋肉に阻まれ致命傷には成らず、ただ怒りを買うだけとなった。
「ちっ！」
距離を取り、体勢を整えた男は正眼に構え息を整える。
彼の装備『族長の大剣』はランポスに似た鳥竜種ジャギィの素材を使った大剣である。防具も同じジャギィシリーズなのだが、夜が明ける前の突然の奇襲により今は胴と兜しか付ける事が出来ないでいた。
（あのガキィ・・・）
「そこの２人、あのガキを追え！」
「お前は俺の援護だ！」
この状況に対応出来ず、リーダーの下に来た２人の手下は「わっ、分った・・・」と頷き、大型のナイフを持って洞窟の奥へと駆け出した。
弓使いも頷き既に動いていたがリーダー同様余裕が無く、辛うじて矢筒とキャップだけを身に付けてドスランポスの斜め後ろへと動いている。
「他の奴は雑魚を倒せ！落ち着いて闘えばお前らでもっ！？」
手下に指示を出しているリーダーに喰い付こうと襲い掛かるドスランポス。その凶悪な牙を横へ躱し、そのまま横回転しながら重い大剣の重量を生かして薙ぎ払う。
だが、ドスランポスも身体を引いて、ゴウッと唸る大剣を躱して見せた。
「こいつ・・・」
薙ぎ払いを躱され悪態を付くリーダー。だが、その動きを予測していた弓使いの矢がドスランポスの腹部を捉える。
グエッ！？
（なんだ？）
弓使いは違和感を感じた。
弓使いの放った矢は確かに軟らかい腹部に当たったのだが傷が浅く、致命傷には程遠かったのだ。それでもドスランポスの意識は確実に弓使いに向いた。弓使いの役目は完遂したのだ。
弓使いに向かって「ギャア！ギャア！」と威嚇の声を上げるドスランポス、その背後でリーダーの男は薙ぎ払った大剣『族長の大剣』を流れる様な動きで大きく振りかぶって力を溜めた。
その気配に気が付いたのかドスランポスがリーダーの方に再び振り返る。
「喰らえよっ！」
力を溜めた時間は短く、最大の力は出ていなかったがそれでも強力な一撃が振り返ったドスランポスの頭を捕えた。
ギャアォォォッ！？
リーダ−の一撃に仰け反りぐら付く巨体、だが倒れる事無く踏み止まり頭を振ったがその頭に有った特徴的な朱のトサカは欠けていた。
「・・・よしっ、この調子で撃退するぞ！」
リーダーの声に頷く弓使い。素早く次の矢を番えて狙い澄ます。
其の時、洞窟の奥、少女を追いかけた２人の男の一瞬の呻き声と悲鳴が聞こえた。
「！？」
松明の火も届かない、洞窟の奥の闇の中で年端も行かぬ少女が大の男を倒す。俄かには信じられない事だが、教会での惨劇を思い出しリーダーの男は奥歯を噛んだ。だが今絶命したかもしれない２人の部下を助けに行く余裕は無い。
弓使いの矢は硬い鱗に阻まれ思った程のダメージを出せず、ドスランポスの動きを抑える事が出来無いでいる。
お蔭でリーダーもなかなか攻勢に出れず必死に噛み付きを横へと動いて躱し、続く体当たりを大剣でガードして受け止めていた。
ガィンッ！
大きな衝撃が全身を襲い、骨に響く。先程の頭への溜め攻撃の時にも感じた違和感。完全に力を溜める事は出来なかったがドスランポスはあれ程硬い感触だっただろうか？
今の攻撃も、これ程重く強力な衝撃だっただろうか？
「・・・まさか！？」
山賊に落ちぶれたとはいえ元はハンターなのだ。ドスランポスや、それに似たドスジャギィとは何度か闘った経験がある。その経験がこのドスランポスは何かが違うと警告を発していたのだ。そして思いつく答えは１つだった。
嫌な汗が大剣を握る手に滲む・・・。
「こいつ・・・上位のモンスターか！？」
大きく跳躍して襲い掛かるその大きな後ろ足の爪を横っ飛びで躱し、ドスランポスを睨む。
「こやし玉だっ！？こやし玉を使え！」
頷く弓使いだが、山賊になってからこっち、久しくこやし玉など持ち合わせてはいなかった。
弓使いは周りを探して随分と古くなったモンスターの糞を見付けると躊躇無く掻き集めた。表面はカサカサに乾いていたが形を崩せば強烈な臭いが弓使いの鼻を攻撃してくる。その臭いに顔を歪めたが、今はそれが希望に感じた。
持っていた素材玉にモンスターの糞を押し込んで、２つのこやし玉を手早く作るとガードに使っている大剣に噛み付き、強大な力で今まさにリーダーを押し倒そうとしているドスランポスに投げ付けたのだった。
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