『銀色の出会い』
ズウン・・・。
教会の方から何かが爆発した様な音が聞こえる・・・。
（なに？）
ルティは恐る恐る自分の家でもある教会に近付き、扉を開いた。
（！？）
そこには見知らぬ男達が血を流しながらボーっと立っていた。
（ひっ？）
信じられない状況にうろたえる。その時自分の手が血染まり、右手には血塗れのナイフが握られている事に気が付いた。
（きゃぁ！）
涙目でナイフを放そうと手を振るが指が固まり、放す事が出来なかった。
（なんで？どうして？お母さん助けてっ！）
そう叫んだ時、目の前に居た男達が消えている事に気が付く。そして目の前には肩から袈裟懸けに斬られ、真っ赤に染まった司祭服を着た母親が虚ろな目で立っていた。
（いやーーーーーーーーーっ！）
そこで目が覚め、少女は飛び起きた。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
息は荒く、涙が溢れ、心臓は早鐘の様に鳴り響いている。
胸元で硬く握っていた手を恐る恐る見ると泥だらけで、血が付いてるかは分らなかった。
（夢・・・）
一瞬その考えに喜んだが、全身に走る傷みが教会が襲われた事も、母が殺された事も事実だと思い出す。そして、自分が賊を殺した事も・・・。
「うっ！？うえ・・・ぐ、うっ・・・げはっ！」
その惨劇を思い出して、耐え切れず吐いてしまう。散々吐いて何も出なくなった所で少し落ち着きを取り戻してやっと周りの状況に目が行く様になった。
そこは見覚えのある洞窟の中だった。入り口の方を見ればまだ外は暗く、雨も激しく降ったままだ。
「どうして・・・？」
自分が何故ここに居るのか理解出来ない。それに今掛けられているこの外套は？
そんな時、外から、ズウン・・・と初めて聞く音が響いた。そして、直後入り口から一人の男が外から洞窟の中へと入って来た。
緊張に強張るルティを余所に大人と言うには若く、少し幼さが残る青年は濡れた亜麻色の髪を掻き揚げると目覚めている少女に気付いて、パッと笑った。
「気が付いたか、良かった。怪我は無いか？」
そう言いながら、警戒する少女の横を通り過ぎて洞窟の奥へと向かった。
ずぶ濡れの青年は以前村に来たハンターが持っていたランスに似た物を持っていた。ただ異様なのはその武器は先端が焼けて赤くなっていた事だ。
そして、洞窟の奥に行った青年はその先端を地面へと突き立てた。するとジューという音と共に煙が上がる。そこには穴が掘られ、水が貯められており、立ち上がったのは煙では無く湯気だった。
そのまま先端を回してかき混ぜると青年は手を入れて「く〜っ」と唸った。
「よし！良い湯加減になったな」
そう言うと男は少女の元へとやって来た。
少女は警戒したが青年は構わずその手を取った。
「よし、坊主。一緒に風呂に入ろう」とのたまった。
「へ！？」
予想だにしない言葉に理解が追いつかない。『一緒に風呂に入ろう』もだが『坊主』にである。
確かにお転婆とは良く言われたが、坊主って・・・と考えてると、ふと今の自分の姿に気が付いた。
手に付いていた筈の血は雨で流れたのだろうが服は返り血を浴びて汚れた上に雨が降る山の中を走り回り泥だらけ。更に崖から落ちたのだ。その姿は正に泥だらけの汚い子供である。顔すらもちゃんと見えていないだろう。
「違う！」と言い掛けた時には既に服に手が掛けられ、スポッっと万歳の格好で脱がされてしまった。
「キッ・・・」
悲鳴を上げる暇も無く担ぎ上げられると下も脱がされ、そのまま湯の中へと放り込まれたのだった。
あまりの事に湯船で半分溺れかけたが、ばしゃばしゃよもがいて、どうにかお湯から顔を出した。
「ぷはっー」
頭を振り顔を拭いて青年に文句を言おうとして驚いて視線を反らした。
当然の事なのだが、青年も裸になって湯船に入ってきたのだ。
顔を真っ赤にして後ろを向き、口元までお湯に浸かる。
「坊主、しっかり浸かって温まれよ」
湯船は思ったより大きく、青年が足を伸ばして浸かれるだけの広さがあった。深さも５０ｃｍ程ある。
見知らぬ男と一緒に風呂。
（状況からして崖から落ちた自分を助けてくれたのだから悪い人間では無さそうだけど・・・。でも、でも、だからと言ってこの状況は何？）
突然の事に頭が追いつかない、だが体は正直だった。暖かいお湯と和やかな状況が今日一日の緊張と疲れを優しく溶かし、全身の力を吸い取り、グルグルと巡る思考を掻き消し、気絶する様にゆっくりと意識を失っていった。
シャワシャワシャワ・・・・・・。
どのくらい意識が飛んでいたのだろう、ほんの数分だろうか？ゆっくりとまどろみの中から意識が浮き上がる。
「！？」
いつの間にか少女は青年の膝の上に乗せられ湯船に浸かったまま、後ろから髪を洗われていた。
「ちょっ！？」
「おっ、気が付いたか。じゃあ流すぞ息止めろ」
「え、なに？」
振り返ろうとしたが、そのままお湯の中に沈められる。そして髪に付いた泡をワシャワシャと流された。
不意を突かれたため息が続かない。青年の力は強く抗う事が出来なかったがその拘束は直ぐに解かれた。
「ぷはーーーっ！」
勢い良く顔を出して息を吸う。
「だから息止めろって言ったのに」
楽しそうに笑う青年。
首だけで振り返り、文句を言おうとした瞬間だった。
「よし、今度は体を洗うぞ」と少女の体を持ち上げ、くるりと自分の方へと向きを変えた。
「！！！？き、きゃーーーーーー！」
ドガッ！
洞窟に木霊する悲鳴の中、少女の蹴りが無防備な青年の顎に命中したのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「お〜い、こっちに来いよ。風邪ひくぞ」
青年は焚き火で肉を焼終えると、少し離れた場所で座り込む少女に声を掛ける。
少女は返事もせず、涙目で青年を睨んでいたが、やがてポツリと口を開いた。
「見た？」
「ん、何をだ？」
「わ、私の、その・・・は・・・裸・・・」
もじもじとして真っ赤になる少女。
（子供でも女の子は、女の子なんだな・・・）と変な感心をしながらも「なんだそんな事か安心しろ！俺、子供に興味ないから」とあっけらかんと答えた青年の顔に衝撃が走る。
ゴン！
安心させようと満面の笑顔の青年の顔に大きな石が直撃したのだ。
「おおお・・・っ」
パンツ１枚で顔を押さえてのたうつ男。
「子供じゃない！もう１０歳なんだから」
ぷいっと横を向いて頬を膨らませる。
（こっちで１０歳って事は、俺の国じゃまだ９歳じゃないか・・・それなのに）と少女の背中を見る。
「くしゅん！」
鼻を啜り、体を震わせる。
やれやれ・・・頭を掻くと男は立ち上がり、少女を抱き上げた。
「や、ちょっと！？」
男は下着一枚。少女はタオル１枚を巻いただけの格好だ。暴れる少女を抱いたまま焚き火の傍まで来るとそのまま座り、少女を膝に乗せると「俺が寒いんだよ」と、どうにか渇いた外套を２人で纏った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
パチパチと焚き火の弾ける音だけがする。既に雨は小降りとなり、雨音は洞窟の奥までは届かない。
２人は１枚の外套に包まりながら、焼けたこんがり肉を食べていた。
「なぁ、がきんちょ・・・」
肉を平らげた青年がずれた外套を掛け直しながら尋ねてきた。
「・・・ルティエティミス」
肉を食べるてを止め、仏頂面で答える少女。
「ん？」
「私の名前！・・・ルティエティミス・クリアー」
人の膝の上で、人の肉を食いながら、睨みつける。先程の事をまだ怒っているのか、それともがきんちょと言われた事を怒っているのか・・・。その両方かなと頭を掻いた。
「ルティエ・・・ティミス・・・ふ〜ん、綺麗な良い名前だな」
ドキリとする。
青年にしては、在り来たりで、素直な感想だったが少女は違っていた。そんな事は母親にしか言われた事が無かったのだ。
「ただ、ちと長いな」と、これまた素直な感想。
（人の名前をなんだと思っているんだ、綺麗と言ったり長いと文句を付けたり・・・た、確かに村の人達の中でも長い方ではあったし、だから子供からは『ルーティス』と呼ばれていた訳だけど・・・）
「いっ、言い難いなら・・・」
俯き、少し恥ずかしそうに呟いた少女の小さな言葉は武流には届いてなかった。
「そうだ、ルティって呼んで良いか？」
びっくりして、思わず振り返る。顔が近い。
「はわわ・・・」
目の前にある青年の笑みにまた前を向く。
動転している。
顔も赤い。
「ん、ダメか？」
その呼び名は母親だけの物だった。母しか使わない愛称『ルティ』。
勿論ただの偶然だ、安直な愛称だ。と思いながらも内心ドキドキしていた。
「・・・それで良い」
悪い筈が無い、そう呼んで欲しいと思っていた。そう呼ばれて少し嬉しく思った。もうそう呼んでくれる人は居ないと思っていたから。
自分をルティと呼ぶ、母の笑顔を思い出し泣きそうになる。
「なぁルティ、なんであいつ等に追われてたんだ？」
ビクリと体が強張る。先程までとは違う鼓動の高鳴り。さっきまでの火照った感じが一気に冷めて行く。
「・・・」
沈黙が洞窟内に染み渡り、パチパチと焚き火の音だけが耳を震わす。
「あ〜・・・なんだ、言い難い事ならいいが・・・」
「・・・逃げて来たの、奴らのアジトから」
俯いたままぼそりと話す。
「アジトって、良く逃げれたな」
表情は一気に曇り、子供に似合わない自嘲気味な笑みを浮かべる。
「あいつ等のアジトって元はモンスターの巣だったの。でも以前ハンターが来て倒しちゃって、その後は私の遊び場の１つだったわ」
「遊び場って・・・モンスターの巣をか？」
驚く青年。
「そのモンスターの臭いで小さなモンスターや猛獣は暫く近寄って来なかったからね。あの中は隅々まで探検して抜け道も幾つか知っていたわ。で、隙を見て洞窟の奥に逃げたの。子供でも通り抜けるのがやっとの所を通って外に出たのだけれど・・・」
「見付かって、追い掛けられてたと・・・」
コクリと頷く少女。
「で、なんで捕まってたんだ？」
素っ気無く、ごく自然に投げかけられた男の質問にビクリと体が強張る・・・。肉を持つ手が震え、思い詰めた様に黙ってしまった。
「いや、まぁ無理に聞こうとは思わないけどな」
ポンと少女の頭に手を置いて撫でた。優しく、ぶっきらぼうに。
撫でる手を止め、水袋に手を伸ばした時、少女がポツリと語り出した。
「お母さんが・・・・・・殺されたの」
青年の動きが止まり、見詰めるルティの小さな体が震えていた。
「私も・・・私もね、あいつ等の仲間を・・・・・・殺したの」
驚く青年、この子はまだ１０歳だと言った。自分の国ならたった９歳の子供が大の大人の男を殺した？しかもあいつ等は徒党を組んでる。偶々１人で居た所を狙ったにしても信じ難い事なのに。
「お母さんが倒れててっ！血が一杯出ててっ！！」
耐え切れなくなった涙がぽたぽたと零れる。
「私、お母さんの娘なのに！お母さんと同じ司祭になって一緒にみんなの為にがんばるって言ったのに！」
少女の言葉が洞窟の中に響く。
「神さまの前で、教会の中で、何も考えられなくなって・・・沢山殺しちゃった・・・」
そう言って男の方に振り向いた少女の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
青年は何も言わず、少女の頭を抱き寄せた。
「うっ、ううっ・・・うわーーーーーーっ」
青年は何も声を掛けなかった。今自分の胸に顔を埋めて泣く少女に掛けれる言葉を何も持って居なかった。だから青年はただ優しく頭を撫でた。優しく、優しく、小さく儚げなガラス細工に触る様にただ優しく。
ログインしてコメントを確認・投稿する