『銀色の絶叫』
遠くから大きな音が響き、家が揺れる。恐らく教会の正面のドアが壊されたのだろう。それに続く様に裏口や窓を壊す音が鳴り響いた。
ルティの中に恐怖と不安が膨れ上がる。
「様子を見てくるからルティはここに隠れていなさい」
何時もと変わらない優しい笑顔でルティを膝から降ろすと、ナイフとパワーハンターボウだけを装備した。
「お母さん！？」
母に抱き付き不安な表情で見るルティの頭を撫でた。
「あなたは村長さんの所に逃げなさい。足の速いあなた１人なら逃げ切れるし、あいつらも見逃してくれるかもしれないわ」
「お母さんはっ！？お母さんも一緒に逃げようよっ！」
「私は時間を稼がないと。大丈夫、あなたが逃げたら私も後から逃げるから」
屈んでルティの前髪を掻き揚げ、おでこに優しくキスをする。そしてドアの外を確認すると。
「気を付けて。上手く逃げなさい」と言って母は部屋を出て行った。
暫く様子を伺い、足音が遠退いて行ったのを確認するとルティは、森に行くのならと母がくれたナイフを１本だけを持ち、言い付け通り裏口からこっそり抜け出し走り出した。教会の周りに人の気配が無い事を確認すると、暗闇にまぎれて村の中心の方へと駆け出し、そして教会の入り口近くを通り抜けた時、今まで聞いた事の無い母の悲鳴が聞こえた。
恐怖で足が止まる。そして振り向いた。振り向いてしまった。
「お母・・・さん・・・？」
松明の光の中、男の剣で斬られ崩れ落ちる母の姿が其処にあった。
胸がギリリと痛く締め付けられ鼓動が早くなる。毛が逆立ち全身がガタガタと震えた。
ドサッと母が床に倒れた瞬間、ルティは走り出していた。
教会の入り口。深遠の暗闇から一陣の風は吹き荒れた。
「うわわわわわーーーーーーーーーーーーーーーっ！！！」
絶叫しながら走って来た小さな影が、入り口近くに立ち驚いている大柄な男にぶつかった。
ドスッ！
大柄な男が受け止めた影を見て、他の男達がそこに少女の姿を見た。
「なんだガキじゃないか、脅かしやがって・・・」
男達が笑う。だがルティを受け止めた大柄の男は「ぐぅっ・・・」と呻き声を上げ、後ろへと倒れた。
予想外の事に動きが止まる男達。ルティの顔を半分染めた真っ赤な返り血が何が起こったかを用意に想像させた。
「このっ！？」
母の前で立ちはだかる男に突進するルティ。
「お母さんから離れろーーー！」
男の攻撃を身を屈めて交わしながらその横を通り過ぎる。その刹那、ルティのナイフが男の太股を切り裂く。
「ぐわっ！？」
思わず傷口を押さえ、膝を着く男の脇を狙って振り向き様にナイフを突き立てた。
“ゴリッ”と骨に当たった感触のあと刃先は滑り、骨を避けて根元まで突き刺さり、男を絶命させた。倒れ込む男を尻目にルティは倒れている母に縋り着いた。
「お母さん！？お母さんっ！？」
覆い被さる様にして母の肩を揺さぶる。
ゴフッ。
血を吐き、呻き声を上げ母は意識を取り戻した。
「ルティ・・・逃げな・・・さい。そして、幸せに・・・」
最後の力を振り絞りそう言い残して、母は力無く伏せた。
最後に最愛の娘に微笑みを残して。
「お母さん！？お母さーーーん！うわぁぁぁーーーーーーーーーっ」
母に抱き付き泣き叫ぶルティ。その背後に別の男が近寄って来た。
「このガキがーーーっ！」
ルティを襲う刃が感傷に浸る時間も与えてはくれない。頭を下げ凶刃をギリギリ避けるとその男を睨み付ける。
「お前かーーーっ！」
ナイフを握り直し突っ込むルティ。正面から来るルティを薙ぎ払おうと剣を振る男だったがその剣を横へ飛びのいて躱した。
そして、教会内の造り付けの椅子を踏み台に飛び上がりその喉を狙った。
「このっ！？」
前へ出て攻撃を躱した男がルティへと振り向いた時、男の後ろ奥の部屋へと続く木戸が開かれ、別の男が入って来た。
「リーダー有りやしたぜ、御神刀だ！」
その言葉にルティとの戦いで気が張り詰めていた男が後ろを見た。
「馬鹿野朗！」
リーダーの声にハッとなり前を向いた時には既にルティは懐の中だった。軟らかい腹にナイフが沈み込んで行く。そしてそのまま横へと振り切って男の腹を切り裂いた。
「なっ！？これは・・・」
予想だにしない惨状に驚く男。周りを見れば他に２人の仲間が教会内に倒れていた。そしてこの状況にうろたえている隙をルティは突いた。
御神刀を抱きかかえる男の腕を切り、御神刀を放した隙に膝裏を切った。
バンッ！と腱が切れた音に続いて男の絶叫が響く。だがその絶叫はルティのナイフで止められた。喉を横から貫かれ、ブシュブシュと血を噴出して男は絶命したのだ。
ものの数分。それも年端も行かぬ小娘に４人の手下を殺されたリーダーが怒りを抑え切れず、拳を震わせ叫んだ。
「このガキがーーーーーーっ！よくも俺の手下をっ！！」
返り血を浴び、正に鬼の形相でリーダーを睨むルティ。
「お前がお母さんを殺したのかーーーっ？」
リーダーに向かって飛び出すルティ。しかしそんなルティの動きを外から現れた弓使いの矢が襲い掛かった。
その矢をギリギリで躱したルティをリーダーの大剣が襲う。
「ぐわっ！」
刃の部分では無く、大剣の腹で叩きのめされ、咄嗟に防御に使ったナイフは弾き飛ばされた。
床に転がり呻くルティをリーダーが蹴り飛ばす。軽いルティの体は床に打ち付けられ、転がり、奥の部屋へと続く扉の前まで吹き飛ばされる。
「よくも仲間をやってくれたな」
他の連中とは違いハンターの防具を装備した男が片手剣を抜きながら倒れているルティに近付いた。
「うっ・・・あ・・・」
痛みに耐え呻き声を上げながら、立ち上がろうと床にに手を付くと其処には木製の床とは違う感触があった。
更に近付いた男が呻きながらも顔を上げ、睨むルティに手を伸ばした時、リーダーが叫んだ。
「下がれ！」
もうろくに動けないガキに何を、とリーダーの方に振り向いた瞬間延ばした腕にチクリと痛みが走った。
ルティは蹴り飛ばされた時、丁度御神刀の上に倒れていた。ナイフはさっき落としてしまった。
痛みで体はまともに動かない。そんな状態でルティは無謀とも思える最後の抵抗を試みた。
小さな自分には大き過ぎる刀、しかも相手は鎧を着ている。せめて渾身の力で刀を振り抜き、相手の腕を弾いてやろと考えたのだ。そして、男が怯んだ隙にナイフを拾ってあのリーダーにもう一度と。・・・
だが、ルティの予想は外れた。小さな自分には重過ぎるであろう刀を振る為に渾身の力を込めて抜いた刀は、まるで重さが無い様に軽く神速の速さで抜き放たれ男の腕を鎧ごと切り落としたのだ。
「なっ！？」
男が切り落とされた自分の腕を見て、何が起こったか理解出来ずに思考が止まる。
だがそれはルティも含め、ここに居る全員が同じだった。
「へ！？は、あ、あぁーーー！腕が、俺の腕がーーーっ！？」
男の絶叫で逸早く我に帰ったルティは返す刀でその男の剥き出しの首を切った。そして、母の敵を獲る為リーダーへと飛び込んだ。
「この！」
足を狙った弓使いの矢を辛うじて躱したが、足を縺れさせて体勢を崩してしまった。
「あ！？」と思った瞬間目の前までに迫っていた大剣を御神刀で防いだが、小さく軽いルティの体は壁まで吹き飛ばされてしまった。
ドガッ！
壁に叩き付けられ、倒れるルティ。立ち上がろうと腕を伸ばしたが、その手は空を彷徨い薄れ行く意識と共に力無く崩れ落ちてしまった。
静寂が教会を包む。ルティがまた暴れ出さないかと警戒しながら近付いた男が、御神刀を蹴り飛ばして遠退けてからルティの体を足でひっくり返す。
返り血で真っ赤になった顔にはもうあの鬼気迫る鬼の形相は消えていた。
「このガキが、仲間を・・・」
剣を逆手に持ち、振りかぶりルティの胸に突き立てようとした男をリーダーの男が止めた。
「何故だ！？仲間が殺されたんだぞ！」
怒りに満ちてリーダーの男に食って掛かる。
「だからだ！アジトへ連れて行って全員で弄ってやる。半殺しだ」
「何を甘い事を！？」
「顔自体は悪くない。生娘のままその手の趣味の貴族にでも売れば良い金になるさ」と嫌らしく口元を歪めた。
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山は夜から激しい雨となった。明かり一つ無い暗闇の中、ザァザァと降り頻る雨の音が草を掻き分ける音すらも掻き消していた。
獣道と変わらない程荒れた古い街道、迷い様の無いこの１本道さえ抜ければ村だと言う確信が青年を突き動かしていた。
青年の予定では日が暮れるまでには村に着く予定だったのだが、この有様である。
「くそっ！あのアオアシラめ・・・」
２つ目の山に差し掛かった頃、青年は突如アオアシラに襲われたのだ。目的の村まではあと山２つ、アオアシラの行動範囲から考えると村にまで来ないだろうが、旧道とはいえ村へ続く道である、青年はせめて追い払おうと思ったのだが、意外と頑固な性格だったらしく予想以上に手間取り、お蔭でこの時間である。
こんな事なら追い払わず、倒してしまえば良かったと思わくも無かったが、それは後の祭りだった。
そして、運の悪い事にこの土砂降りの雨だ。本来なら無理をせず何処かで野宿するのだが、急ぎの用があった上に夜の山に慣れているという驕りもあって強行したのだが、流石にこの雨には参っていた。
冷たい雨に体力も削がれていく。だがもう少し行った先、旧道からは少し離れた場所に大きな洞窟がある事を思い出した青年は、そこを目指していた。
そんな時だった。土砂降りの中近付く人の気配に周囲を窺っていると、雨音に微かに人の声が混じってきた。
声の雰囲気から複数の男が近くに迫っているのが分る。青年は近くの木に身を隠し、声の方向に注意を向ける。
暗闇の中バシャバシャと近付いて来る足音と、同時に大きくなる声が何かを追い掛けていると青年に伝えていた。
（なんだ？）
音の方角。青年の居る場所より上の方に顔を向けた時だ、バサバサバサ！と草や木の枝を押し倒して何かが落ちて来た。
「っ！？」
思わずその落下物を受け止めた青年は、自分の腕の中で呻く子供に驚いた。
斜面の上から声が聞こえる。雨音でハッキリしないが１０ｍ程だろうか。雨のお蔭でこちらに気が付く様子は無かった。
（月が出てたら見付かってたかもな〜）青年は身を屈め、気配を殺してそんな事を考えていた。
「落ちちまったぞ、どうする？」
「どうするって、こんなところ降りて行ったら俺達も落ちるのが関の山だぜ・・・」
ほぼ垂直に見える山の斜面の下を覗くが、完全な暗闇に腰が引けてしまう。
「こ、こんな所から落ちたんじゃ助からねぇよ」
「でも逃がしたらリーダーに怒られるぜ」
「だったらお前がここを降りるか？」と言われ、もう一度闇の底を覗き込んで体を震わせた。
「ここから落ちるよりはマシだろ。あんな状態でここから落ちて助かるとは思えねぇが、明日日が昇ってから探しに来よう」
「・・・分ったよ。帰ろう」
命有っての物種である。他の男達も渋々了解してその場去っていった。
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