『銀色の髪の少女』
そこは嘗て霊峰と呼ばれた場所だった。
それ程標高が高い訳ではないが、切り立った崖や深い谷、鬱蒼と茂った森が点在していて神が住むとまで言われた霊山とそれに連なる山々が悠然と立っていた。
ただ信仰されていたのは遥か昔の事、今は普通の山で神さまが住んでいるとは誰も思ってはいないが、荘厳とした雰囲気は健在で足を踏み入れる者は少なかった。だが、ここ最近この山々を一陣の銀色の風が駆け抜ける様になった。
最初心許無い様子だったその小さな風は、今となっては森を擦り抜け、谷を渡り、岩山へと駆け上がる。その小さな風は１年と経たない内にこの霊峰全てを遊び場と化してしまったのだ。
ザアアアァァァーーー・・・。
夏真っ盛りのお昼過ぎ。深い山々の間に流れる清流が突如途切れた大地から開放され、飛び出したものの川の流れに翼は無く、急激な弧を描き青空を残して下界へと吸い込まれて行く。
大量の水は水飛沫を上げ川底を深く抉り大きな滝壺を作り、そこから溢れ出した清流が心地良い風を川下へと運んでいた。
そんな滝壺はこの森に住む多くの動物達の水飲み場であり、憩いの場でもあった。
そんな憩いの場に銀色の風が馳せ、１つ大きな水飛沫が上がる。
ザッパーーーーーーン！
音に怯え身を引いたまま固まる動物達が何が起きたのかと滝壺の中央を見詰める。
ザアアアァァァーーーーーーーーー。
普段と変わらない様子に１頭の鹿が首を傾げた時、突如水中から翠色の鱗に覆われた大きな魚が飛び出した。
見ればその魚は木で出来た簡素な槍に貫かれている。そして、その槍を手に輝く銀髪の少女が水の中から現れた。
先程の水音は少女が滝壺に飛び込んだ音だった。
「プハーーーッ」
バサバサと頭を振ると後ろで結んだ小さなおさげが子犬の尻尾の様に揺れる。
そのまま川辺へ上がると既に火を着けておいた焚き火で体を温めつつ、手際良くナイフで捌いた魚を串に刺して焼き始めた。
そこに臭いに誘われた動物達が寄ってくる。
最初は動物避けにもなっていた焚き火だが、頭の良い動物達は既に慣れ、おこぼれを貰いに来るのだ。
「これは私のおやつなんだからね。君達にあげる為に取ったんじゃないんだぞ！」
程よく焼きあがった大きな魚に齧り付きながら、周りの様子を伺う少女。
ここに初めて来た時から何度も見ている猿と灰色の狼は、山を遊び場にしていたある日、紛れ込んできたランポスに襲われていた所を助けてからはもう友達の様だった。
木々の向こう、森の中からこちらを窺っている他の動物達を余所に、少女を挟む様に両横に座り少女の顔を覗き込む猿と狼。
「うっ・・・」
結局根負けした少女は家に持って帰ろうと思っていた分の中から魚を２匹串に刺し、焼き始めるのだった。
少女はそんな風に野山を１人で駆け回り、遊ぶ事が多かった。
村の同年代の子供達は分け隔てなく一緒に遊んでいたが、余所者に対して警戒心の強い大人達は少女の事をあまり快く思っていなかったのだ。
そう、少女は村の子供では無かった。その事を聞かされたのは少女がまだ８歳の頃だった・・・。
村唯一の教会に捨てられていた銀髪の赤ん坊。村の者に心当たりは無く、手がかりは『ルティエティミス・クリアー』と刺繍された産着とその頃村で目撃された余所者の女性だけ。
そんな少女を唯一『ルティ』と愛称で呼び、これまで育ててくれた司祭は少女にとって唯一の家族であり優しく大好きな母親だった。
そんな母への土産にと獲った魚だったのだが・・・。
「それじゃあ私は帰るからね」
猿の頭を撫で、狼に抱き付き別れを惜しんだルティは残りの魚を土産に川沿いを村へと走った。
村の端にある木造の質素な教会、そこがルティの家である。
出入りは裏の住居用の扉からする様にと言われていたが、日曜日以外は閉じられている筈なのに、何故か開きっ放しの教会側の扉がルティを誘った。
「どうしたんだろう？」
村人が訪れているにしても開いたままという事は無いのだが、大きくなった疑問と好奇心が教会の中へとルティを進ませると、そこには見知らぬ３人の大人が母と話している姿があった。
３人の姿は異様だった。巨大な刀を持った筋肉質で背の高い男、弓を持った細身の男、そして大きな金槌を持った大柄で太った男。
そしてその男達の着ている服も異様だった。それは昔母から聞いたモンスターの皮や甲殻で出来ている様だと思った時、『あぁこの人達はハンターなんだ』と思った。
そう思った時、母の視線が突き刺さる。
咄嗟に椅子の間に身を隠すルティ。理由は分らない・・・。
言い付けを破って礼拝堂側から入って来たからなのか、母の視線には緊迫した物が有ったのだ。
ドキドキしながら椅子の陰に隠れていると男達との会話が聞こえて来る。
「それではこの教会には、御神刀等は無いと？」
「はい。ここにある武器と言えば私の愛用している弓と山で使うナイフくらいです」
「司祭が武器を？」
少し怪訝な顔をして尋ねる弓を持った男。
「私達の神は森と共に生き、森を愛し感謝する事を唱えてます。必要な分だけ森の恵みや動物達の命を貰い自らの糧にする、そして時にはモンスター等の災厄から身を守る為、武器を取る事も教えているのです」
祈る様に胸の前で手を組み、全てを包み込む様な微笑みでそう説く司祭。
「森の女神エリアの教えですね」
「はい」
男の１人がその言葉の真意を確かめる様に司祭を見詰めるが、やがて残念そうな表情で頭を掻き１つ溜息を吐いた。
「そうですか・・・分りました」
「ア、アニキ？」
何かを言おうとした金槌を背負った男をリーダーらしい男が手だけで制する。
「我々もハンターの端くれ。珍しい武器があると聞いて一目見たいと思って立ち寄ったのですが、残念です」
落胆し、項垂れる男。
「いえ、こちらこそ御期待に添えられず申し訳ありません」
「いや、それでは失礼します」
男は頭を下げると、２人の連れと共に踵を返した。扉へと向かう男達に見付からない様に動くルティ。だがリーダー格の男はそのルティに気が付いた。そして目が合う２人。
ルティは笑いかけて来た男の一見優しそうな笑顔の奥底に村の大人達とは違う嫌な感覚を感じていた。
男達が教会を出て見えなくなった瞬間ルティは母の元へと走り寄り抱き付いた。
「あらあら、こちらから入ってはいけないと言ったのに・・・」
そう言いながらルティの不安を消す様に頭を優しく撫でる。
顔を上げ少し涙目で、『ごめんなさい』と言う娘を母は優しく抱擁した。
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村の中を歩く男達。村に大人達の姿は無かったが、家の中からこちらを窺う気配にリーダー格の男は内心苛立ち募らせていた。
「無駄足でしたね、アニキ」
金槌を背負った男が後ろを歩くリーダー格の男に話しかけるが、男は返事をせず村の横を流れる川で遊んでいる子供達を見ていた。
「アニキ？」
アニキと呼ばれた男が口角を上げて笑う。
「お前達はここで待っていろ」そう言うと男は子供達の所へと向かったのだった。
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山の夜は早い。日は足早に稜線の向こう側へと姿を消したが夕刻から湧き出した雲が満天の星空を隠し、村を闇へと静かに染めていた。
「主よ、今日の恵みに感謝します」
「感謝します」
２人は神語と呼ばれる神さまの言葉で感謝の祈りを捧げる。
「ルティも間違えなくなったわね」
「私、お母さん同じ司祭様になるの」
「そう楽しみね」
微笑み合う母子。
夕食にはルティの持ち帰った魚や干した肉を焼いた物や野菜やジャガイモの入ったスープ、ルティの好きな唐黍の粉を練って焼いたパンの様な物が並ぶ豪勢な食事となった。
「ねぇお母さん、あの人達が言ってた御神刀って・・・」
食事を終えた頃出たルティの質問に、食器を片付け始めていた母の手が止まる。ルティを見詰め何かを考えたが母は片付けの手を止め、ルティを奥の部屋へと誘った。
そこは母の部屋の隣で、ルティは入室を硬く禁じられている部屋だった。
鍵を開け、中に入る２人。そこは教会の大切な書物等と一緒に母の使う武器、パワーハンターボウと鎧一式が置かれている部屋だった。
ルティが好奇心で部屋を物色している中、母は部屋の奥、本棚へと手を伸ばした。本を数冊除けていくと其処に小さな扉が現れた。
その隠し扉の中には一対の刀が大切に保管されていた。
「お母さん、これは？」
「これは昔からこの教会に受け継がれてきた秘宝よ」
「あ！？」
「そう、多分あの人達が言っていた御神刀ね」
母は大事にその刀を机に置いて、椅子に座りルティを膝の上に乗せた。
「ルティも随分重くなったわね」
膝に掛かる重さに、幸せを感じる。
「私、もう１０歳だよ。子供じゃないんだから」
そう言いながらも母の膝の上で嬉しそうに微笑んでいる。
そんな娘を後ろから抱き締めて母は話し始めた。
「これは、大昔神と恐れられたモンスターを斬った刀なの」
「神さまを斬ったの？」
「そうよ。昔と〜っても大きなモンスターが山に住んでいたの。近くの村々の人達はあまりにも大きなそのモンスターを神様の様に崇め、恐れたの。でもある日そのモンスターが山を降りて急に暴れだして沢山の村や人を襲ったの」
「沢山？」
「そう、とても沢山の人を襲ったのよ」
手を大きく広げて、大きさを表現する。
「山みたいに大きいモンスターだったそうよ」
「山？」
いつも遊び場にしている山が動くのを想像し様としたが、あまりの大きさにまるでイメージが湧かなかった。
「ええ。最初はお供え物とかして暴れるのを止めて貰おうとしたのだけれど、大きなモンスターは暴れるのを止めなかったの・・・」
「どうして？」
ルティの素直な疑問。
「それは分らないわ。そして村が２つ潰され、次はこの村ではとみんなが不安で一杯になった頃、突然現れた４人の人達がそんな大きなモンスターを倒してくれたの」
興味津々で目を輝かすルティ。
「今で言うハンターね。そんな４人のハンターの内の１人がその村に残ってずっと村を守ってくれたの」
「ハンター・・・じゃあそのハンターが使っていた武器が・・・」
「ええ、この双剣だと言われてるわ」
「へぇ〜」
机の上の刀を憧れの眼差しで見るルティ。無意識に手を伸ばそうとした時ドガッ！とドアを壊す音が響いたのだった。
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