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2016年10月12日23:03

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架空対論「『とと姉ちゃん』を語る」 第二部

 以下の文章は、今年4月から9月まで放映された朝の連続テレビ小説「とと姉ちゃん」についての架空の対論です。
 前回の第一部に引き続き、今回は第二部「『とと姉ちゃん』の反戦思想の描き方は本当にぬるかったのか?」について。
 それではどうぞ。

ライナス(以下ラ):後半は「とと姉ちゃん」の戦争と戦後との向き合い方について考えてみたいんだけれど。花山のモデルとなった花森安治の反戦思想の描き方が不十分という批判が「週刊朝日」やネットメディアの「リテラ」に掲載されたし、視聴者からもネット上でそういう指摘が多くあった。

マイダス(以下マ):私はそもそも、ドラマが現実のモデルの要素を何から何まで反映していなければならないとは思わないので、批判自体にピンと来なかったし、特に「リテラ」の「やはり籾井体制のNHKでは反安倍政権的な主張が弾圧され云々」という主張は、何言ってんのこのタコって感じだった(笑)。そういう短絡的な批判してるから左翼はバカにされるんじゃんっていう。

ラ:(笑)。実際籾井が会長になってからのNHKのニュースはホントひどいし、恐らくそういう抑圧はあるんだろうけど、Eテレなんかではそういうのと対立する番組も結構作られているから、朝ドラの内容にまでどこまでそういう影響が出ているかというのは正直よく分からないな。あの一連の記事が出た段階では、「一銭五厘の旗」を基にした挿話はまだ出てきていなかったしね。結局最終週に出てきたんだけど、直接的な取り上げ方ではなかったし、弱いと取る人がいるのもまあ分からんでもない。ただ、ニュース番組でオリンピックの意義を「国威発揚」としたフリップ出すようなトンデモ報道みたいなのとは意味合いが全く違うし、あれに対してヒステリックな批判をするのは筋違いだとは思う。

マ:反戦思想もだけど、戦争そのものの描写も割とあっさりしているというか、これでもか!という位悲惨な目には遭ってないよね。(2013年度後半に放映された)「ごちそうさん」みたいに、主人公の息子が戦死しちゃうなんてえげつない事もなく、玉音放送聴いた常子は笑い出しちゃうし、それ観たバカなネトウヨは非国民呼ばわりするし(笑)。

ラ:ただ俺は、この作品が戦争批判を薄めて描いているとは必ずしも思っていないんだよ。直接的ではないにせよ、かなり踏み込んだ批評性を戦争と戦後に対して行っていると思う。

マ:というと?

ラ:常子が子供の頃から戦時中を経て「あなたの暮らし」を作るとこまで一貫して苦しめられたり、抗ってきたものって大まかに言えば「空気を読め」と「女子供は黙ってろ」という言葉に集約されると思うんだ。それが一番わかりやすい形で出ているのは、常子が初めて就職した鳥巣商事でのエピソードだと思うんだけど、他にもこの二つは全編を通して様々な形で表出している。この二つって実は、この国を戦争に追い込んだ元凶そのものなんだよね。山本七平を引くまでもなく、どう考えても戦う前から無理筋だった戦争を、空気によってそうせざるを得ない状況に追い込まれていくし、当時の女性は参政権もなかったので戦争の理非について議論のテーブルにつく事すらできずに、正に「黙って」オトコが始め、オトコの兵隊が一番優先される戦争のためにすべての犠牲を強いられていたわけで。

マ:もちろん常子は女であるがゆえに様々な理不尽にあってきたし、「家族を守る!」という教義(笑)のために空気を読まずに猪突猛進して時に周囲と衝突する、というキャラなので、その二つが常子の最大の敵というのは分かる。でも戦争まではともかく、「あなたの暮らし」創刊以降というのはそういう要素はあまりないんじゃないかなあ。

ラ:いや、特にアカバネとの闘いのくだりによく出ているんだけど、まず赤羽根社長が父権バリバリのキャラでしょ(笑)。

マ:(笑)それはこじつけっぽいなあ〜。

ラ:(笑)そう?まあ「空気を読め」の方で行けば、アカバネ編で公開商品試験を仕切った新聞記者の国実っていたじゃん。常子たちがアカバネに勝った後に国実が「(商品試験でメーカーの製品を批判する)『あなたの暮らし』が、戦後を終わらせようと必死になっている人達に水を差しているように感じていたが、今はあなた方の気持ちも少しわかる」という、非常に鋭いセリフを吐いている。これは裏を返して言えば、「メーカーは国民が豊かになるために頑張って製品を作っているんだ四の五の言うな」という「空気を読め」であったという事で、正に形を変えた「お国のために闘っている兵隊さんを邪魔する奴は非国民だ」以外の何物でもない。

マ:つまり、「戦後の復興復興と言ってるけれど、そういう復興の仕方でいいのか?それでは結局戦時中と変わらないんじゃないのか?」という異議申し立てなんだよね。戦争の悲惨な描写で反戦を訴えるんじゃなくて、戦争へと向かわせた病根をあぶりだして、それは形を変えて存在し続けている、という事を示唆しているというわけね。まあ確かに、それって今の日本の状況にもまんま適用できるもんねえ。

ラ:で、公開試験の時に赤羽根が「安い品物なら品質が落ちるのは当たり前じゃないか。それを売る事のどこが悪い」と居直るのに対し常子が「私たちはただ、ささやかな幸せを奪うものを許せないのだ」という主旨の演説を、とても平易だけど実に説得力のある言葉で行っていて。これって花森安治の「一銭五厘の旗」の核のような話じゃん。「とと姉ちゃん」は花森イズムをちゃんと描いていない、なんていう連中には、「てめえらどこに目をつけてるんだ?」って感じだよ全く。

マ:確かにこの常子の演説はいいよね。というか、作中で常子ってどんどん演説が上手くなっていくんだよね。その上手くなり方と、「あなたの暮らし」の発展とがシンクロしていってて、あれは見てて気持ちよかった。

ラ:これは余談だけど、多分常子のブレイクスルーのきっかけになってるのって、鞠子の結婚式の場面だよね。用意してたスピーチ原稿が直前にやった花山のと丸かぶりで、切羽詰まった挙句その場でたどたどしく思いを語ったら、花山がまず拍手しだして、満座の感動を得るという。あれって元ネタは多分「ジャリン子チエ」なんだけど。

マ:そうなの?

ラ:(主人公チエの父親、テツの友人)ミツルの結婚式で、仲人となったテツがスピーチするんだけど、必死に覚えてきた定型的なスピーチをガチガチになって言い始めるんだけど、ふと真顔になって止める。その後ボソボソと、大阪弁丸出しで手短に祝福の言葉を述べる。それがメチャクチャ感動的なんだよ!

ジャリン子チエ第22話「ああ!ミツルの結婚式」


マ:まあまあ、これは「とと姉ちゃん」の話なのでそのくらいで(笑)。でも考えてきた言葉が花山と同じで、それを止めてその場である意味反射的に出てきた言葉で勝負して、それが他ならぬ花山に称賛される、というのは言われてみれば何とも象徴的。

ラ:「空気を読め」というのは、ある種言葉で議論したり、説得したりというのを否定する事なんだよね。だからそれと闘う者は必ず言葉で戦わなければならないんだけど、難しいのはただ論理的に正しい事を言っても空気に流されるような人はそれに説得されないんだ。

マ:うんうん。

ラ:あまりいい言い方じゃないけど、自分の身体と魂から放たれた言葉だけが、空気に流される人たちの目を覚ます事が出来る。なおかつ論理・理念としてもちゃんとしていないといけないという、かなり難しい事が要求される。常子は元々、自分の考えている事を言葉でちゃんと表現しようとする人で、ただそれはどちらかと言えば理念的と言うよりは感情とか、生活実感に根差した言葉だったんだけど、「あなたの暮らし」立ち上げ以降はそれが花山の理念と融合していって、公開試験での演説で遂に完成を見た、と言う風に俺は捉えている。

マ:花山は花山で、戦争への反省からそういう事の必要性を痛いほど感じていて、だからこそ常子と「あなたの暮らし」を始めるんだけど、ただ花山って…天才肌と言えばそれまでだけど、「庶民の暮らしのために!」と言ってはいるけど、彼自身の感受性は庶民のそれではないんだよね。女性の完成に理解があるけど、女性的な人でもないし。女の人の気持ちを分かるために花山がスカートをはいて出社して社員がドン引き、というシーンがあったけど(笑)、つまりはそういう人だからね。

ラ:あと花山はやはり、過去自分の書いた言葉で戦争に加担した、空気に加担してしまったという苦い過去がある。その事をどんなに反省しても、今後別の局面で空気に加担してしまう可能性は否定できないわけよ、戦争の時だってその時は良かれと思ってやってたんだから。だから、戦争への責任みたいなものがあまりなく、ナチュラルに空気を読まない(笑)常子が語る事に意味があるんだよね。

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