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2016年10月12日07:09

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「21世紀の才能」

 「21世紀の才能」はこれまでと違うのか?別に違いがあるわけではありません。ただ、重心の位置が違ってくるだけの話です。僕は学者ではありませんから、正確な定義に照らし合わせれば、間違っているかもしれませんが、一般に『才能』には「知識×知恵」が求められ、そのいずれもが物事を実現するときに必要になってきます。わかりやすく言えば「知識」には奥深さが求められル局面が多く、「知恵」には幅広い関心や次元を超えたセンスが求められ、そのマトリクスで仕事や研究が展開してゆきます。特に日本人の場合、明治以降急速に先進諸国に追いつき追い越すために学問や殖産興業、富国強兵の目的で、あらゆる方面で「独自開発」するより、諸外国から導入してマスターすることに重点が置かれたため、「知識偏重」の教育体系が取られ、「知恵」を発揮して「日本独自の制度や仕組み」を作るより、とりあえず「形をまねる」ことに専念しました。その結果一応の体裁が整い、先進五か国の一角に名乗りを上げて「大東亜戦争」を戦いました。

 戦後は、「敗戦」によって大きく価値観が変わり、またそれまでの制度や仕組みが否定されたことから、また新しい「制度や仕組み」をまねることから始まり、セッセと先進国の仕組みやノウハウを学ぶことから始め、50年かけて追いつき追い越すところまで来ました。しかしそれは国を挙げて徹底した「追いつき追い越せ=知識偏重」の社会でした。つまり、日本が「高度成長」を成し遂げ、世界の最前線に飛び出した途端、『先行事例がないために道を失った』のです。

 これに対して、欧米先進国は産業革命以来の300年の知識の積み重ねのほかに、それを使っていろんな制度や仕組みをトライ&エラーで作り上げてきたいろんな「知恵」の歴史があり、このノウハウを学ぶことが日本は不十分でした。特に日本は島国で、欧米社会から一番遠い地理的条件もあって、いろんな異なる文化や制度との葛藤の中で変化を繰り返す必要がなく、単一民族で一定の制度や仕組みを温存し熟成させていくことが出来ましたから、その既存体系に新しく必要な仕組みを追加するだけで、根本から革命や破壊によって組み替える必要がありませんでした。つまり日本の社会では古いものを打ち壊して、新しい社会に脱皮するという風土が嫌われる独特の社会に、つまり「知識偏重の東大出が優遇される」社会に偏ってしまったのです。

 僕たちが子供の頃は掛け算や割り算は「筆算」でやってましたが、今では「電卓」があります。当用漢字881字を覚えさせられましたが、今ではパソコンやスマホが身近にあって、正確な字を知らなくても文章が書けます。何か知らないことがあっても、パソコンで検索できれば即座に分かります。反対に昔は欧米の出来事が伝わるには1週間も10日もかかり、不正確でしたが、今では動画の情報が世界同時に発信され、苦労して「知識」を詰め込まなくても良い代わりに、常に身の回りから世界中まで「関心領域」を広めて、その「知識」をいかに活用していくかという「知恵」が重大な意味を持つようになりました。「知恵」の活用は、常に「関心領域」を磨いて、アップディトしておかなくては、必要な時に必要な判断や行動がとれなくなる『閃き』の勝負です。

 もちろん、これからも「ノーベル賞」級の深い知識の追求も一層大事になるでしょう。多くの分野で先達が掘り尽した後から新しい研究開発を深堀するわけですから、並みのご苦労ではないはずです。しかしこの分野には「人工知能」と言われる強力な助っ人が現れました。すでにご存知のように日本の研究者によって新しい「元素」が合成され、登録されました。しかし時代は「人工知能(AI)」の登場によって、確実に『知恵の競争』の時代に軸足が移ろうとしています。

 アップルのスマホが発売されてから、その動きは急激に加速されました。スマホをよく眺めて見れください。デジカメの開発者でもありません。ケータイの開発者でもありません。半導体の開発者でもありません。ゲームの開発者でもありません。もちろん液晶の開発者でもありません。その上製造工場を持っているわけでもありません。そんな知識は「買ってくればよい」のであって、そんな知識を「どのように組み合わせれば消費者が欲しがるか」という「知恵≒ヒラメキ」のカタマリに過ぎません。すなわち、日本人が「先進国の後を追いかけて、「知識」のカタマリである「高性能・高品質・低価格の実現」に血道を上げている隙に、「知恵」のカタマリである「超便利・超小型・超大量生産」を成し遂げたのです。

 今の時代少しぐらい品質や性能に問題があっても、「スマホ社会」から脱落できない仕組みにされたら、みんな買うしかありません。同様のことが家電や自動車の社会でも起きようとしています。「人工知能組み込みの電気自動車」で社会を変えてしまえば、ガソリン車は走れなくなります。「人工知能家電」は私たちの暮らしを根本から変えてしまいます。もちろん教育も芸術も大きく変化します。ですからはっきりと意識したいことは「知恵偏重の時代」に向けた訓練が必要な社会に向けて日本を作り直すことです。欧米の教育の中心が「ディベート」にあり、知恵の戦いと言えども「素早い切り替えし」という「ヒラメキ」が一瞬の勝負を決める社会になることを改めて考えてみたいものだと思います。
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