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2016年08月20日08:15

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美濃太田−高岡間

なにげなく時刻表の地図を見ていた時、高山本線(岐阜−富山間)に平行して、まるで美濃太田−高岡間にも鉄道が続いているかのように見えたので「え!?」と思ったのだが、よく見ると、長良川鉄道(美濃太田−北濃)と、城端線(高岡−城端)の間がバス路線でつながっていて、そのバス路線の記号が鉄道のようにも見えただけだった。

実際に城端−北濃間をつないでいるバスは、

城端−白川郷 加越能バス
白川郷−牧戸(冬期運休)岐阜バス
牧戸−北濃(休日のみ運行。1日1便。冬期運休) 白鳥交通

となっているみたい。

長良川鉄道は元々国鉄・越美線として計画され九頭竜湖駅経由で福井方面までつなぐ予定だったのが、北濃駅付近までできたところで工事が中止され、長良川鉄道に移管されたもの。九頭竜湖駅以北は「越美北線」として現在も運行されていますね。この間をつなぐバス路線は現在無いようです。(公共交通を使って頑張っても途中8kmも歩かなければならない)

で、この城端−北濃間のことを調べている内に、小牧ダムに関する鉄道の歴史が凄いことに気付いた。

まず中越鉄道(現在のJR城端線・氷見線)の伏木−城端間が開業し、その後、福野駅でこれと交差する加越鉄道(石動−青島町)が開業した。

加越鉄道は最初金沢までつなぐつもりだったので、この名前がある。
青島町駅は後の庄川町駅である。

大正年間に小牧にダムが計画され、その建設用に青島町駅から小牧に至る庄川水電専用鉄道(4.74km)が建設されている。このダムの建設は庄川を使って木材の運搬をしていた飛州木材と対立し、庄川水電側と飛州木材側で怪我人の出る乱闘騒ぎまで起こしている。

一時は飛州木材は加越鉄道の経営権を取得して、建設用の資材を加越鉄道で運べなくしてしまった(青島町駅ポイント事件)。困った庄川水電は、青島作業場から、柳瀬村までの専用鉄道(8.3km)を新たに建設、中越鉄道・出町駅(現城端線・砺波駅)から柳瀬までを車馬で運んで、この新しい専用鉄道で建築現場まで木材を運んだ。

(当時加越鉄道はこの資材運搬で物凄い利益を得ていた。それをわざわざ妨害したのはどう見ても特別背任。しかも飛州木材という他社の利益のために実行したのだから、物凄く罪は重い)

やがてダムが完成するので専用鉄道は不要になる。それで柳瀬−青島ヤード間の線路は廃止されたものの、青島町−小牧間は、ダムで堰き止められて運搬不能になった木材を陸上で代替輸送するための手段として存続する。

これが後には観光鉄道となり、小牧駅から、大牧温泉方面への観光船も就航した。当時上下10本も列車が運行されていたらしい。

しかし観光客だけではさすがに鉄道の採算を取ることはできず、やがて専用線は廃止。加越鉄道自体はその後40年ほど存続したものの、1972年廃止され、跡地はサイリング専用道路になっている。

(北陸では羽咋付近の北陸鉄道能登線の跡地もサイクリングロードになっている)
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