Wikipedia>熊毛王国は、かつて現在の山口県熊毛郡に存在した国。
目次
概要 編集
原始古代、3世紀末から7世紀にかけて山口県熊毛郡の古柳井水道(古熊毛水道)[1]付近に熊毛王と呼ばれる複数の豪族の治める熊毛王国と呼ばれる連合国家があった。当時の山口県の熊毛半島(室津半島)と本州は分離しており、間に古柳井水道(古熊毛水道)と呼ばれた海峡があった。
古柳井水道と熊毛王国の関係 編集
熊毛王国が存在した当時、古柳井水道は都と九州、朝鮮、中国を結ぶ重要経路であり、熊毛王国は古柳井水道での海運業で栄えたとされている。[2]
当時の熊毛王国は大和王権も脅威に感じる程繁栄していたとされていた。その国力から熊毛王国は約300年間大和王権の影響を受けつつも、侵略されることもなく存続した。熊毛王達が無駄な争いをしなかったのも長期繁栄の要因ともされている。各王は王位に就くと自らの墓を造り、死後その古墳に収まった。古墳は前方後円墳であった。
柳井市に存在する柳井茶臼山古墳を始め、田布施町の国森古墳や平生町の白鳥古墳など石城山南麓周辺に存在する古墳は各王の墓とされている。
熊毛王国の滅亡 編集
6世紀中頃になると大和政権の支配がおよび、7世紀に大和政権に編入し滅亡した。
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