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2016年08月15日12:53

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アレクセイ・ゲルマン監督『戦争のない20日間』(1976年・ソ連映画)

 「戦争=戦闘シーン」と捉える人々には、この映画はさぞや退屈なものになるだろう。
 なぜならば、ロシアのアレクセイ・ゲルマン監督が(おそらく、散々な苦悩の末に…)フィルムに収めようとしたのは、銃後において「ひき肉機」と化した総力戦システムの本質だからだ。
 
 まずは、背景の話から。
 ロシアにおいては「大祖国戦争」と呼ばれる第二次大戦であるが、根っこのところで人の好いロシア人にとっても、受け容れることはおろか!把握することすら困難な大戦争であった(我々も、福島第一原発事故の災厄を把握しきれていないのだが…)。
 死んだ人間や不幸になった人間の数が数千万人単位で数えられ、1日に数10キロ単位で前線が動き、数1000両の戦車や飛行機が作られ、そして、蕩尽され、使い潰されたこの「大祖国戦争」のスケールがあまりにも大きすぎたのも、「判りにくい」一因のはずだ。
 確かに党の官僚たちが喧伝するとおり、ドイツ兵は国土や独立をはじめ、水や食料、そして、棲み処や生命に至るまで「何もかも」を奪っていったし、わが祖国に「ろくでもないこと」が起こったのは事実だ…。
 おまけに、勇ましい軍歌に送られていった若者たちの殆どが「列車に喰われた」が如く、なかなか帰ってこないことも、「大戦争」の存在を裏付けているようには見えた。
こうして、「政府の広告・宣伝=戦争」ということになり、醜い戦争の実態は覆い隠されることとなる。
 「前線で何があったのか?」「どのようにして、われらが差し出した人命と労力が蕩尽されたのか?」という問いについては、政府は何も答えなかった。あたかも「そのようなことを聞くな!」と云わんばかりに…。

 戦争に負けっぱなしの状態をスターリングラードでの勝利によって脱したものの、大祖国戦争の終わりがみえず、ベルリンまでの距離を1000キロ以上残していた。
 そのような戦争のさなか、「スターリングラードがえりのフロントヴィキ(「前線野郎」の意)」のロパーチン少佐は、1942年末に「地獄」を渡り歩いたあとで20日間の休暇をもらう。
戦闘を見たことのない銃後の人々にとって、スターリングラードがえりのロパーチン少佐は「一種のスター」であった。
 
 しかし、ロパーチン少佐は司令部勤務の従軍記者のような地位にある軍人であり、力仕事や銃器を扱う「仕事」は、若くて体力のある階級の低い兵士へとまわされていったため、人に語るような「ファシストをやっつけた」手柄話は持っていない。はてさて、どのように話せばわかってくれるのか?
 おまけに手柄話をさせてくれないにもかかわらず、戦争とやらはロパーチン少佐にも不幸を押し付けてきた。数年以上にもわたって家を空けたがために、彼の妻が他の男と再婚してしまったのだ。この戦争は幾千ものの家庭を破壊したが、賢明なロパーチンですら逃げることができなかったのだ…。このことにより、彼の休暇時の「つらい要件」のひとつに、自らの離婚証明書へのサインが含まれてしまった。はてさて、どのようにして妻の前で平静を保とうか…?

 かくして彼は、複雑な面持ちで故郷のタシケントへの列車に乗ることとなった。

 年末の寒い故郷では、案の定、銃後の人々はおろか、映画監督までが、彼に話をせがんできた。彼の「経験」を国威発揚のための映画の題材にしたいからだ。
 そんな彼らの姿を見て、ロパーチン少佐は「国を挙げて、嘘をついていること」を痛感させられ、げんなりとする。「金ピカの皴一つない軍服」を着ている将兵なんぞ「映画の中でのみの存在」だ!
 実際の戦争においては「劇的なシーン」や「山場」なんて無い。地べたで寝泊まりするのには我慢できたが、戦争の「単調さ」が、ロパーチンにとっては我慢がならなかった。
 「人間の営み」を取り返そうとしても、戦争というやつは、爆発や人の死や不幸、そして、それに伴う悲嘆と憤怒でもって「人間の営み」や、ささやかな楽しみを拭い去り、残酷で単調な「似たような日々」へと塗りつぶしていく。かくして、ロパーチンにとっての戦争は、残酷なまでに「単調」なものになっていった。あたかも当時の連合軍が、戦車から缶詰に至るまで、すべてのものをOD色へと塗りつぶしたかのように…。
 このようなことを考え続けたロパーチンは寡黙で謙虚な人柄であったが、そんな彼ですら軍需工場での決起集会に呼ばれ、「官僚の顔」をして「全ての物を前線へ送るノダ!」と、工場労働者たちを督励しなければならなかった。
 戦争につきものの「本当の事を云えない」という不幸から、彼も逃れられなかったのだ。

 ともすれば、諦念に吞み込まれかねなかったロパーチンは、帰郷の道中にあった未亡人の女性との出会いに、「真実」を求めた。2人とも戦争に打ちのめされていたために、気が合った。そこで繰り広げられるのは、政府のプロパガンダによって皆が忘れて久しい「人間の営み」であり「真実」であった。

 映画の終盤、帰郷先から戦場へと戻ったロパーチンは、若い士官と共に戦場の泥道を歩く。
 士官は経験不足とみえ、政府のお仕着せのプロパガンダを鵜吞みにし、当初は「政府の能書きに、手足がついている」かのように振舞う。
 しかし、ドイツ軍が打ち込んできた砲弾のせいで、ロパーチンと件の若い士官は泥だらけになりながらも九死に一生を得る。
 肩書の上では「死を覚悟した」ことになっている若い士官は、命が助かったことを涙と鼻水を垂らし、恥も外聞も無くどこまでも率直に、子どものように喜ぶ。
 これを見たロパーチンら歴戦の兵士たちは、彼を馬鹿にはしなかった。「助かったぞ。命を得た!」とショックから立ち直ろうとする若い士官に対して「その通り!その調子で100歳までね!」と、水をやり、彼のコートに付いた泥をはらってやるのだった。

 あたかも、戦争そのものから、戦争につきものの嘘から、そして、戦争という泥濘から、「人間」としての若い彼を取り戻そうとするかのように…。

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