先月、99歳で亡くなった原田要さんの「お別れの会」が明日、行われます。
原田さんは空母「蒼龍」の戦闘機隊員として真珠湾攻撃に参加するも、任務が母艦上空の警戒任務だったことを戦後も悔やんでいました。
その時の蒼龍戦闘機隊の隊長が飯田房太大尉、、、、、飯田大尉は真珠湾攻撃の前に原田さんたち部下に対して「もしも被弾して母艦に帰れない場合には潔く敵陣地に体当たり自爆して散る覚悟」と訓令し実際にも被弾、カネオヘ海兵隊基地の倉庫に自爆したのでした。
2001年に当時の「零戦搭乗員会」と「海原会」で「真珠湾攻撃60周年シンポジウム」というツアーでハワイに行った際にご一緒しました。
その時にカネオヘ基地にある「飯田大尉」の慰霊碑の前で慰霊祭を行ったことが思い起こされます。
原田さんにとって、さぞかし感無量のことであったろう、と察っせられます。
戦後は幼稚園を経営され園長先生をされていました。
またプライベートでは「長野零戦搭乗員会」という戦友会や「長野県海軍麦飯会」の世話をずっとされていました。
昨年は所沢での「里帰り零戦地上滑走」の時に呼び出されて講演を行ったり、ドキュメンタリー映画「ひとりひとりの戦場」で戦争体験を語られていました。
明日の午後2時より「お別れの会」がありますので近在の方はご参加ください。
長野県長野市元善町491−イ
善光寺事務局
TEL
026−234−3591
喪主 原田孝成様
愛媛零戦搭乗員会からも弔電を打っておきました。
合掌
ログインしてコメントを確認・投稿する