http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16599 (写真入り記事)
私は、神に期待するけど、人には期待しないことを心がけています。
ある団体の仕事を一緒にやっている友人が、突然、団体を辞任しました。
有能で、心優しく、正義感に満ちた人です。
理由を聞いてみると、その団体のトップの人に失望したそうです。
「ぜひ辞めないでほしい。これからも一緒に仕事をできないものだろうか」と説得しましたが、辞任の意思は固く、静かに去って行きました。
話を聞いてみると、一生懸命にやった分、何かを期待してやった訳ではないのに、心底がっかりしているようで、「そっかー。嫌な思いをしたんですね。わかりました。」という言葉以上に何もいえませんでした。
有能で、心優しく、正義感に満ちた人は、自分の利益を求めず、一生懸命にがんばりますので、働きが正当に評価されず、誠実な対応を受けられないと、やる気がなくなってしまうものです。
私は、今まで何回か、心底がっかりさせられたことがありました。
失望感に加え、心から湧き上がる怒りを抑えることができませんでした。
この気持ちを大切にしようと思いました。
なぜなら、このような体験をしたからこそ、それがどれだけつらく、悲しく、どん底に突き落とされるかを感じたので、それを反面教師にし、他の人に、このような思いをさせることがないようにしたいと決意しました。
そして、人に期待しないで、神に期待していこうと決意しました。
形は団体の長に仕えていますが、その人に仕えているのではなく、神に仕えているのです。
神に誠実に仕えるように、与えられた組織と仕事に忠実に仕えることを心がけています。
つまり、神に期待し、人に期待しないで生きています。
人はなぜ傷つくのでしょうか?
人に期待するからです。
その期待が大きければ大きいほど、深く失望し、深く傷つくものです。
完全な人は居ません。人は、悪気はなく、傷つけようとしなくても、人を傷つけ、傷つけられます。
人は信じる対象ではなく、愛する対象です。
信じるべきは神です。
神を信頼し、神に期待し、神にすべてをかけて生きていきませんか?
それでも傷つくことから逃れることはできません。しかし、すぐに立ち直り、傷を宝に変えることができ、傷つかなかったよりも、はるかに充実し、祝福された人生を歩むことが出来るものです。
その心境を星野富弘さんが書いた「傷」という詩がよくあらわしています。
「私は傷を持っている。でも、その傷の所から、あなたの優しさがしみてくる。」
今日、あなたが受けた傷、悲しみ、怒り、失望の中から、神の優しさがしみてくるはずです。
神に祈り、神に期待し、神を求めていきましょう。
今日もありがとうございました。
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