http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16581 (写真入り記事)
物事を見る時に、一つの視点で見るのと、複数の視点で見るのでは見方が大きく変わってきます。
韓国の歴史ドラマにはまっていますが、正確にいうと、韓国ドラマ界の巨匠イ・ビョンフン監督のドラマにはまっています。
トンイ(同伊)というドラマは、朝鮮王朝第19代王・粛宗(スクチョン)の時代の物語です。
トンイは、後に粛宗の側室になりますが、以前は卑しい身分であったため、何の記録も残されていません。
「禧嬪張氏(ヒビン・チャンシ)【本名、玉貞(オクチョン)】」は、粛宗の側室となり、後に王妃となり、しかし、降格されますが、張禧嬪の視点で描かれる歴史ドラマはいくらでもあったと思います。
ドラマ「トンイ(同伊)」は、脇役であるはずの「淑嬪崔氏(スクピン・チェシ)」の視点で禧嬪張氏や粛宗王の姿を描いています。「これはすごいな!」と思いました。
禧嬪張氏(ヒビン・チャンシ)が、全く違う悲しい女性に映ります。
トンイは、「王子クム」こと「ヨニングン」を王様との間に産みました。このヨニングンが、後の朝鮮王朝第21代王・英祖(ヨンジョ)となります。
イ・ビョンフン監督のドラマで、もう一つ有名なものに「イサン」があります。李祘(イサン)は、英祖(ヨンジョ)王の世孫(セソン)で、朝鮮王朝第22代王・正祖(チョンジョ)です。
多視点でものごとを見ると、物事が全く違って面白く見えて来ます。
物事を多視点で見ることの大切さを思います。
今日は、娘の高校のPTA常任委員会に参加しました。PTAにおいては、一委員から、委員長、そして、役員まで、様々な立場で関わりました。
一つの学校の単位PTAから、PTA連合会にも関わりました。
PTAがどのような仕組みで動いていて、どのように成り立っているのかを知ることができ、全体像がわかりました。
私は、キリスト教の教派を超えて行う大会の実行委員として数多く関わって来ました。
ある時は、ステージの上に立つ出演者、ある時は、裏方で働きました。
先日の大会では、通称ブカンといいますが、舞台監督で関わらせて頂きました。出演者も、講師も、音響関係者、照明関係者など、みなさん優しい方々ばかりなので、楽しくお仕事をさせてもらいました。
通称スケブタ、舞台監督助手の方も、とてもよくやって下さいました。
ステージに立ち、スケブタ、ブカンを経験し、受付、会場係、案内係など、一通りの仕事をやってみて、大会がどのように成り立っていて、どのように動いているのかがわかるようになりました。
一人ではそう多くのことはできませんが、みんなでチームとなって働くなら、たくさんの聴衆を集める大会をスムーズに催すことができます。
多視点で見ることの大切さを痛感します。
今日の夜は、「天国からの奇跡」の試写会に行って来ました。
あまりネタバレをしたくありませんので、実際に劇場で見ていただくことが一番ですが、とても素朴だけれど、自分がどれだけ神に愛され、祝福されているのかを思い起こさせられました。
アインシュタインは、2つのタイプの人間がいるといいました。
一つは、「この世には何一つ奇跡はないと考える人」。もう一つは、「この世のすべてが奇跡であると考える人だ」といいました。
幸せなクリスチャンファミリーの6歳の女の子が、ある日、急に具合が悪くなり、食べたものを吐き出しました。
後日わかったことは、難病だということです。
テキサスから3000km近く離れた場所にあるボストンに、ただ一人治療できる医師がいると知り、母は病気の娘を連れて、アポなしで現地に行きました。
普通なら、ものすごい忙しいお医者さんですので、何ヶ月待っても、治療中の患者が死ぬのを待つしかありませんでした。
不思議なことが起こりました。2日後に急に空きが出て、見てもらえることになりました。
結局、何の治療法もなく、しばらくの入院の後に退院し、帰宅しました。
死ぬのを待つような状態でした。
病気の娘のお姉さんが、励まそうとして、サッカーと、木登りに誘いました。
サッカー遊びを終え、木に登ると、枝が折れそうになったので、木の幹の方に近づくと、何と、木の幹の内側は空洞になっていて、10m木の中の空洞に頭から落ちました。
病気の子に、これでもかという試練でした。
病気の子が意識を失った時、自分の体から抜け出してきれいな場所に行ったそうです。
「あなたの病気は治るよ。戻りなさい」といわれたそうです。
レスキュー隊によって、ハシゴ車で救出されて、すぐにヘリコプターで病院に向かいました。
頭から10m落下したのに、顔を擦りむいて血だらけになっただけで、無傷でした。
難病も完治してしまいました。
母親は、娘が病気になったことをきっかけに信仰を失い、教会を離れました。
教会に通っても、娘の病気は治らないし、他の教会員は、「あなたやあなたの娘が罪を犯したから、こんな状態になったのではないか!?罪を悔い改めなさい!」という人まで出て来たからです。
しかし、病気が治った娘の話を聞くことで、今まで奇跡を否定していたのに、奇跡を信じました。
奇跡は、偶然と思えるような中にありました。
親切にし、励ましてくれた人が居ました。急に治療してもらえるようになりました。
小さな人の助け、たまたまと見えるような展開など、気にとめて居なかったことなど、その一つひとつが、すべて神の奇跡だったと悟りました。
私も、この映画を見て悟りました。
今までの人生の中にあったすべてに偶然はない。すべてが神の奇跡であったと。
このことがわかって、目から涙が流れました。
悲しかった、つらかった涙ではなく、感謝と安らぎから流れた涙でした。
私は人間です。人間としての視点を持ちますが、もう一つ、天国と神の視点で物事を見ることの大切さを思い起こされました。
とても幸せな気持ちで帰宅しました。
遅くなりましたが、これから夕食です。
また明日お会いしましょう。おやすみなさい。
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