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2016年05月08日22:47

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「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【398】2016/5/8(日) 心一杯になった一日」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16548 (写真入り記事)

今日は日曜日。私にとっては最高のお祝いをしました。イエス様が、人類最大の敵である死を打ち破ってよみがえって下さったので、主の復活を思い起こし、祝いう日だからです。

今日は、5月の第二日曜日だったので、母の日を祝いました。しかし、最近では、特別な日曜日を持たないようにしています。

クリスマスも、イースターも、ペンテコステも同じです。それらも特別なお祝いですが、それにもまして、日曜日が特別だからです。

しかし、突き詰めていくならば、毎日がお祝いの日です。

一週間仕事に明け暮れていましたので、余計にうれしかったのでしょう。

教会に来られたみなさんと礼拝をし、楽しい時間を過ごしました。

夜は、教会を越えたお祝いの集まりに合流しました。

一番最初の、キックオフ晩餐会では、音楽の奉仕をさせてもらいましたが、その後、定期的に集まりがあるのに、「どうしてカンちゃんは来てくれないんだろう?」って、主催者の方々が心配していたそうです。

理由は簡単です。私のところに日程の案内の連絡が来ていなかったのです。しかも、連絡しているつもりだったようです。

いつやっているかがわからなければ、行こうと思っていても行くことはできません。

これを考えた時に、福音は語られて、聞いた対象が理解しなければ福音になりません。

福音とは、グッドニュース。関西弁ではうまい話です。

いくら、良い、うまい話があっても、それを知らなければ何の意味もありません。

毎日、インターネットを使って、「イエス様を信じるなら救われます」と伝えますが、これだけでは不十分だと思います。

あらゆる手段を用い、あらゆる時に、あらゆる人に福音を伝えたいと願っています。

ところが、伝道は簡単ではありません。

現段階では、真冬にかき氷を出し、真夏にコタツを出すようなもので、多くの人がイエス様を知りたい、イエス様を信じたいと思っていないからです。

だから、「私はクリスチャンで、牧師です」と語るのが精一杯なことが少なくありません。

しかし、それでもいいのです。今は関心がなくても、いつかイエス様を必要とする日がきっと来るからです。

『イエスは答えて言われた。「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招いて、悔い改めさせるために来たのです。」』(ルカ5:31〜32)と言われました。

医者を必要とするのは、「具合が悪い、病気かも知れない!?」と感じたときです。

今イエス様を必要としない人は、満ち足りて、満足し、不足がないからです。

あるいは、少しは問題があっても、まだ耐えられるくらいの状態だからです。

人は、願わなくても、いつか問題に悩み、苦しむ日が来ます。

その時が「イエス様が必要!」と感じる時です。

本当は、誰もがイエス様を必要とし、その心の奥底ではイエス様の愛を求めていると思います。

しかし、今はそれに気づかないか、プライドがそれを邪魔しているのでしょう。

少なくても、誰もが直面する問題が死です。死に対する解決は、今のところ、イエス様以外にないからです。

やがて、日本でも、世界でも、自分を造り、自分を愛しているお方と出会う日が来る。そんな日を信じて、心からイエス様を礼拝した一日でした。

今日もありがとうございました。おやすみなさい。

また明日、お会いしましょう。
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