http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16546 (写真入り記事)
世にも不思議な団体があります。PTAです。
PTAは、英語で「Parent-Teacher Association」。つまり、父母と教師の会です。
PTAは任意加入の団体のはずですが、実際は、必ず加盟しなければならないようになっています。
年会費が必要であり、平等に活動に参加する必要があり、仕事をしている人にはなかなか大変です。
PTAには、まず単位PTA(単P)という各学校のPTA団体があり、次に、市区町村・都道府県・全国レベルでPTA連合会(P連)があります。
PTAの役員になると、単Pのほかに、P連活動が加わって来ます。
会長や副会長になろうものなら、かなりの時間が取られることになります。
これが仕事なら悪くないですが、これはれっきとしたボランティア活動です。
ただ、日ごろの活動を労うためか、懇親会などには無料で参加させてもらえることが多くあります。
PTA活動を離れて1年が経ち、PTAに使っていた時間で、たくさんの仕事をこなすことができて喜んでいたところ、今年度、長女の学校のPTA活動に関わることになりました。
年間10回の常任委員会(運営委員会)があり、学校の外部の会議などに10回参加します。
PTA活動は、とにかく時間が取られ、多くの労力が必要です。
では「それが嫌いか?」と聞かれたら、そうではありません。
だからPTAは不思議な団体だと思います。
PTAに関わったことで、今でも、数人の元校長先生、副校長先生以下の先生方との関わりが続いていますし、好き嫌いはともかくとして、たくさんの人との関係ができました。
PTAができたきっかけは、日本が敗戦した後に、アメリカのGHQの推奨ではじめられたと聞いたことがありますが、貧しかった時代には、学校の活動を支援するために、父母と教師が力を合わせる必要がありました。現在は、経済が豊かになり、その当初の目的は達しているので、無駄が多いと感じるのは私だけではないと思います。
合理的に考えたら、PTAは不要だということになるかも知れません。
しかし、良い点がたくさんあると思います。
幼稚園、小学校、中学校、高等学校の子どもをお持ちのお母さん、お父さんは、ぜひ、1年間だけでもPTA活動に関わってみられることをお勧めしたいと思います。
本部役員のように、年がら年中学校に呼び出される忙しい部署もありますが、年一度の運動会(体育祭)、学芸会、音楽会、学院祭などを手伝うだけのものもあります。
私の人生は、すべて神様に捧げました。
自分の利益になることだけをし、利益にならないことはしないという選択ではなく、利害を超えて、神が与えられた召しや使命を、賜物(与えられた能力や才能)に応じて仕える生き方をしたいと願います。
一銭も懐に入ってこないボランティア活動は、ともすると、自分のエネルギーの浪費と感じるかも知れません。しかし、私は、そこに人生の幸せがあると信じます。
ポイントは、神の導きです。
神が導かれないとしたら、その働きをどんなに一生懸命にやったとしても、空しいだけです。
『主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。あなたがたが早く起きるのも、おそく休むのも、辛苦の糧を食べるのも、それはむなしい。』(詩篇127:1〜2)
では、神の導きはどうやって受けることができるのでしょう。
聖書と祈りを通して、神と交わることです。そこに、理屈を超えて、神の不思議な導きが与えられるのです。
神に導かれたことをしたら良いのです。
私は、毎日、神に導かれることをしながら生きることをモットーとしています。
インターネットで文章と写真を投稿することも、どうやら、神の導きがあるようです。
よく何年も続けてこられたと思います。
聖書は、『神の賜物と召命とは変わることがありません。』(ローマ11:29)と書かれています。
神からの召しがあるならば、それにセットで賜物が与えられるのです。
だから、神の召しをやり遂げることができるのです。
共に、神の導きに生きていきましょう。その生き方に間違えはありません。
一週間お疲れさまでした。
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