mixiユーザー(id:17713252)

2016年05月01日20:38

330 view

「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【391】2016/5/1(日) 人生の海の嵐を乗り越える」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16534 (写真入り記事)

今日は、GWを挟んだ日曜日でした。教会員の多くが帰省し、人数的には若干寂しい状況でしたが、その分、親密な礼拝と、交わりの時間を過ごせました。

夕方の礼拝後には、教会に来られた方とネパールの「マトン(羊肉)カレー」を食べに行きました。おいしい上に、値段が500円だったので、心も体も満足して帰ってきました。

礼拝で語った説教のテーマは、「人生の海の嵐を乗り越える秘訣」でした。

パウロは、ローマに行って福音伝道したいと常々願っていました。神様は、囚人という形でパウロをローマに連れて行かれました。

神のご計画は不思議です。

その船旅の途中、「ユーラクロン」という嵐に巻き込まれました。

パウロは神の声を聞いたので、「この港で嵐が過ぎ去るまでとどまった方が良い」と、百人隊長に進言しました。しかし、パウロの言葉は退けられました。

航海士や船長は「大丈夫だ」というので、専門家の意見が優先されました。

加えて、その港は冬を過ごすのに適していなかったので、大多数の意見に従って、冬を越すのに適した港に向けて船を出帆させました。

さらに、穏やかな南風が吹いていました。地中海を航行するのにこれ以上の状況はありませんでした。

しかし、しばらくすると、パウロが語った通りに嵐に巻き込まれてしまいました。

専門家の意見がどうであろうと、多数決で決めた意見がどうであろうと、状況がどうであろうと、神の導きを優先することが重要であることを、聖書は私たちに教えます。

嵐に巻き込まれた時に、吹き流されるままに嵐に船を任せました。さらに、積荷、船具、食料までも投げ捨てて、最後は、全員で飛び込みました。

これは、ユーラクロンを前に仕方のない処置であったと思います。

しかし、人生の海の嵐の中では、余分なものは投げ捨てたとしても、夢や希望までも投げ捨てて、人生をあきらめてはなりません。

彼らは、その時どうしたでしょうか?

錨を下ろして、嵐が過ぎ去るのを待ちました。

人生の海の嵐という試練に会った時、私たちも錨を下ろす必要があります。

神が共におられるという事実に錨を下ろし、神の御心はなるという事実に錨を下ろし、神が守って下さるという約束に錨を下ろしましょう。

そこに錨を下ろして、信仰が揺れることがないようにしたいものです。

錨を下ろしたら、嵐が過ぎ去るのを祈って待つことです。

やがて嵐を過ぎ去り、陸地が見えたので、陸に近づき、最後は全員で飛び込んで、乗組員全員が無事に陸に上がることができました。

私たちは、しばしば人生の海の嵐に巻き込まれることがあります。その時、神がテストしておられるということを知って下さい。

そのテストに合格する秘訣は、神に望みを置き、神に心の錨を下ろして、神に信頼し、神に頼り、嵐が過ぎ去るのを待つことです。

私は今まで、このようにして試練を乗り越えてきました。

人間関係の嵐、経済的な嵐、様々な問題やトラブルという嵐、病気の嵐、悪魔が持ってくる嵐、罪の罪責感の嵐、ありとあらゆる嵐に翻弄されそうになりました。

嵐の中で、私は神に頼ることを学びました。そして、神は一度も私を裏切りませんでした。

「一難去ってまた一難」ということわざがあります。

私の半生はまさにその言葉の通りでした。

しかし、嵐を乗り越える中で、神がいつも共に居て下さいました。そして、たくさんのことを学ばせていただきましたし、たくさんの祝福を頂きました。

人生の海の嵐は、できれば避けたいものですが、実は、祝福なのだと気づきました。

今日、試練の中を歩まれている人が居るでしょうか?

神に心の錨を下ろし、神に信頼し、神に委ねて嵐が過ぎるのを待って下さい。

必ず嵐は過ぎ去り、そのプロセスを通して数多くの事を学び、成長し、祝福を頂くことができます。

試練を毛嫌いせず、神と共に乗り越えていきましょう。

まだまだGWは続きます。素晴らしい時間をお過ごし下さい。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2016年05月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031