【回答】
本来は言語・人種の括りを指す言葉の筈が,なんだか思想的に厄介な方向へ進んだ言葉.
トゥラーンとはイラン神話の登場人物トゥールに由来し,トゥールの土地という意味.
そこに住むとされるトゥラーン人は,ゾロアスター教の根本教典『アヴェスター』に登場するので,紀元前15世紀頃には居たようである.
この「トゥラーン人」はイラン系民族だと考えられるが,6世紀頃から7世紀ごろには,アムダリヤ川の北に居るテュルク系民族を指す様になった.
イラン人は,自分達の住まう「イラーン」の地に対置して,川向こうの世界を「トゥラーン」と呼んだのだ.
そして,イランの女性名に見られる「トゥラーンドフト」(トゥラーンの娘(ドフトル)」の語源となり,この「トゥラーンドフト」がプッチーニ作のオペラ「トゥーランドット」の語源となった.
その後,20世紀初頭の西洋ではトゥーラーンは中央アジアを指すようになり,「ウラル・アルタイ語族」を表す用語として使用された.
現在はウラル語族とアルタイ語族は別の語族として考えられているが,当時は同じ語族とみられていたのだ.
それだけならただの言語学用語なのだが,この.ウラル・アルタイ語族(トゥラーン語族)を話す人々を人種としてとらえる概念が出てきて,それが思想に転化する.
まず,衰退期にあったオスマン帝国において,トゥラーン主義(トゥラニズム,ツラニズム)というイデオロギーが出てくる.
これはユーラシア大陸に広範に分布するテュルク系諸民族に対して,言語的,文化的,歴史的な共通性を根拠に,政治的,経済的な統合を目指すイデオロギーで,日本語では汎テュルク主義,または汎トルコ主義とも呼ばれ,トルコの愛国主義者に支持された.
これがハンガリーやフィンランドでも政治や文化に大きな影響を与えた.
ロシアの脅威にさらされているハンガリーでは,日露戦争での日本の勝利を受け,マジャール人と日本民族が同祖であるという思想が広まった.
もっとも,学術的に見れば,日本語がアルタイ語族に属しているかどうかも「不明」.
そもそも「語族=民族」というわけでは全くないのだが…
そんな科学的根拠がなくとも,共同幻想とはある意味恐ろしいもので,1910年にはトゥラーン協会設立.
同協会は日本と同盟を組むことを主張した.
「日本の皇族を国王として迎えるべし」
とする主張さえあった.
オーストリア=ハンガリー二重王国という枠組みの下では,そんな主張はもちろん現実的ではなかったが,万一何かの間違いで実現していたら,「ハンガリー国王・××宮△彦.摂政ホルティ」なんてことになっていたのだろうか?
そんなトゥラーン協会だが,所詮は閉鎖的な都市知識人の集まりであり, 大衆運動と しては全く力持っていなかった.
だが,保守的な貴族グループを中心とする政治的特権階層には隠然とした影響力をもち,政治的圧力団体と して機能し, 日本との関係においては独占的な地位を確保した.
第一次世界大戦後の1921年にハンガリー王国が誕生すると,日本の間で国交が樹立され,1924年にはハンガリー=日本協会が設立された.
1938年11月15日には日本ハンガリー文化協定が締結されたが,ハンガリー側の調印者であったテレキ・パール伯爵は,「日本列島の地図作成の歴史」という論文で著名な地理学者でもあり,トゥラーン協会の設立者の一人でもあった.
実のところ,日本側ではごく一部を除き,ハンガリーにはあまり関心は無かった(今でもそうなんだろうな…)ようなのだが,こういう思想は日本にも伝播してくる.
何より,トゥラニズムはシベリア〜満洲の日本支配を正当化する理論としても使えるので,都合がいい.
現代でも一部の極右はいまだにトゥラニズムを提唱している.
「今岡十一郎が提唱したツラン人種(ウラル=アルタイ系)の理論に基づき,我が人種の優越性を主張する」
と述べているのは,自民党の高市早苗・稲田朋美らと近しい山田一成.
山田は日本版ネオナチ組織,国家社会主義日本労働者党(Nationalsozialistische Japanische Arbeiterpartei=NSJAP)の党首である.
「いかなる用語であれ,それが政治的文脈の中で使われている場合には,御注意を」
というお話でしたとさ.
【参考ページ】
http://ameblo.jp/ootadoragonsato/entry-10411127218.html
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1269322
http://blog.goo.ne.jp/north_eurasia/e/2ffb90126ce018b9e1f891b780f62827
http://mitizane.ll.chiba-u.jp/metadb/up/AA11143832/KJ00004164536.pdf
http://www.excite.co.jp/News/society_g/20141212/Litera_701.html
http://blog.goo.ne.jp/north_eurasia/e/e23b0242cd857278fe9951293f67ed81
東久邇宮稔彦王に聖イシュトバーンの王冠をかぶせた雑コラを作りたかったが,当方の技術ではそこまでできず,断念.
ログインしてコメントを確認・投稿する