私の願望がまた叶ってドイツに来て、いま語学学校に通っているのだけど、NYで通った時とは大きく違う部分が沢山あるので、気づいた機会に書いておこうと思いました。
本当に『国や時代が変わるだけで常識が全く違う』のも、すでにNYでの5年間で体験済みだから、それほど驚かなくはなれているのだけど、
NYでは出会えなかったような人達と出会えて話を聞けているのは、『自分で体験せずとも世界が知れる』ので、『すごく貴重な機会だ』って感じています。
昨日はアフリカから来た人が、「家で一人でご飯が食べられない」と言ってお弁当持って学校に来ていて、すごく優しい人だから私にも分けてくれたのだけど、
「いつも大勢と食べていたのに慣れているから、一人で住んで一人で食べるって事が、とても辛く感じてる」って言っていたのに、最近はめったな事では感情は揺れなくなったのだけど、その言葉には胸が痛くなっちゃいました。
その人もスリムな体型をしてて、褒め言葉として 以前私が
「アフリカから来た人で太った人って見た事無いけど、どうしたらそんなに素敵な体型を保てるの?」って聞いたら、
「アフリカでは誰も太れる程食べられる人が居ないから」ってさらっと言われ、
「アフリカに居たら女性でも軍隊に入隊しなくちゃならない(義務)ので、私はドイツに来れてラッキーだったんだ」って、うかつな事を言ってしまった私の事にカチンと来るでもなく、淡々と言っていたのを聞いた時も感じたんだけど、
クラスに沢山居るシリアの人たちも、国を捨てざるを得なくなって出て来ているから、政治に対して怒りを抱えている人も居たけど、普段は皆すごく前向きで『今ここに居られる(生きていられる)事をラッキー』だと感じているようだし、
シリアの人でもドイツに逃れて来れた人達は自国でもリッチだった人達ばかりのようなので、そこまで悲惨な体験はしてきてない人達ばかりのようだし、元々が先進国並の暮らしをしてた人達だから、アフリカでのような、そういった貧困や軍国的な話は聞いた事が無かったので、ちょっとショックでもありました。
(でもシリアの人達もそれまで日本並みの先進国だったのに、いきなり攻撃されて国を捨てざるを得なくなったのはすごいショックだった事と思います。逆にショック過ぎてまだ話せずに居るのかも。本当に身ぐるみ捨てて他の国に逃げた人達の報道は、ドイツに居る人達とは比べものにならない位悲惨ですし。)
そして『辛い体験をしながらも、しっかりと向き合って自分自身で選択して乗り越えて来た人達って、優しいままで居られつつも、とても強くなれるものなのだな』って少し感動もしてしまいました。
自国でそんな辛い体験をしてきたのに、それについてはさらっと流せているのに、『一人でご飯を食べなきゃならないことの方が辛い事』って感じるのも、
逆に日本で何不自由無く食べ物を簡単に捨てられるような暮らしをしてても、自殺する人が多いのも、
なんとなく、『感じ方って本当に環境に寄って左右されてしまうものなんだな』って、いまさらながら思わせてもらえたので、
私は『自分の選択で環境を選べて来て、本当に良かったな』ってなんだか感じてしまいました。
自分自身の選択での事ならば、結果がどんな風になっても全部自分の責任だから何も恨む事も無いし、ただの『原因からの結果を受け取るだけ』なので、ここまで体験して来ると、
ほとんどの事は『原因を作る前に結果も予測できる』ようになってるから、望まないような結果は『原因を作らないように努める』だけでほとんどが避けられてるし、
もしそれでも望まない結果を受け取ったとしたら、まだ掘下げ方が足りなかったのだと受け止めるだけで済むし、掘下げれば本当にすぐに解決できているから。
本当に起きる事って全てが学びだって前回の日記にも書いたけど、やはり書く事で色々整理できるようで、なかなか深い体験ができているなって、感じている今日この頃です。
最近は本当にどんな物語を読むよりも、自分の人生から学ぶ方がためになるし、おもしろいって感じています。
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