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2016年04月01日00:37

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宝石箱

祖父は少年時代のぼくに四字熟語をよく教えてくれた。
中学校のクラブ活動で人間関係がうまくいかず短気を起こしていたぼくに、
「たかし、『明鏡止水』やで」と笑いながら諭してくれた。
短気は損気だ。ブチ切れては、何事もうまくいかない。

そんな祖父から高校入学記念にもらったのは、なんと宝石箱だった。
「どうして、男の俺に宝石箱なんか・・・」と、唖然とした。
小豆色の羅紗で覆われた、両手の平にやっと乗るほどの大きさの箱だ。
蓋を開けると、蓋の裏に鏡、箱の中は左右の仕切りがあるだけのシンプルな空間だった。
自分の部屋に戻ってから、「なんでやねん!」と一人でツッコんだのが可笑しかった。
しばらくの間、本棚の片隅に放置したままになった。
高1の夏休みに意気投合したクラスメイト3人で、山陰路を旅した。兵庫の城崎、鳥取砂丘、大山とヒッチハイクで巡り、山口の秋芳洞まで行った。
旅先で記念に買った何個かのピンバッジ。仕舞う場所を探して、宝石箱が目に入った。
その時、初めて鏡にぼんやりと文字が浮かんでいるのに気付いた。
「一期一会」
旅の行程で出会った人々を思い出した。汗臭い高校生を3人も車に乗せてくれたおじさん、おばさんたち。夜のミーティングで「腹がたったら、頭の中で3秒カウントしよう」と教えてくれたユースホステルのペアレントさん。大山の尾根を縦走するとき、絶壁の崖と吹き抜ける風に震える僕たちに「石を踏むなよ」と声を掛けたくれた登山部の大学生。
あれから46年経った今でも、旅の途中で出会った人たちがくれた思い出は、目的地で見た景色に劣らないほど輝いている。一期一会。
一浪した秋。気晴らしにパチンコに行ったり麻雀をしたり、落ち着かない日々が続いた。何気なく宝石箱を手に取った。鏡にぼんやりと浮かぶ文字。
「一・・」
あれっ、何か違う。目を凝らして、角度を変えながら見る。浮かんで見えた文字は、
「一意専心」
あれっ。キツネにつままれた感じだ。
この時から、ぼくが勉強に集中したことは言うまでもない。

その後も、鏡に映る四字熟語が変わることが度々あった。
どうやら、鏡を見ている時の精神状態によって、目に入る文字が異なるようだ。
落ち込んでいる時には、「心機一転」と励ましてくれた。
試合に臨む前には、「先手必勝」と鼓舞してくれた。

数年前に転居した際、段ボール箱を一つ紛失した。こどもの玩具と一緒に宝石箱を入れた段ボールには、大きな字で「お宝」と書いておいたが、それが災いしたのか。
引っ越し業者に問い合わせたが、宝石箱の行方はとうとう分からなかった。
今頃、どこの誰が、宝石箱に映るどんな四字熟語を目にしているだろうか。

(注)
高1のヒッチハイクは本当です。
引っ越しで段ボール箱が消えたのも本当です。実際に紛失したのは一箱ではありませんが。引っ越し業者には気を付けましょう。



■ブチ切れ高齢者増加の背景「家族、近隣、行政からの孤立」
(週刊女性PRIME - 03月31日 20:50)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=235&from=diary&id=3925180
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