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2016年03月28日00:40

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【読んだ本メモ】エラスムス『痴愚神礼讃 ラテン語原典訳』(中公文庫 沓掛良彦訳)

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本屋さんでたまたま見かけて気になって、パラリ立ち読みしたらクッソ面白そうだったので買っちゃいました。
1511年に刊行された、当時のヨーロッパ社会を風刺した文学作品だそうです。

痴愚女神モーリアが自らを讃える、自己礼讃の演説をする。
後書きの説明によると、この形式は「デクラマティオ」という修辞学で学ぶ練習弁論のパロディなのだという。

痴愚女神の「痴愚」とは、知恵の反対の意味で使っているのだな。
知恵の女神ミネルヴァに対抗して、痴愚の女神モーリア、という名前をつけている。

痴愚の女神モーリアが、自らの痴愚が万人に恩恵を施しているのだと自画自賛を説き、次第に世の中の風刺し、世の中には愚かしいことが蔓延ってるよ!と説いていく。

たまに風刺の側面を忘れてマジになってガチ批判を論じてる箇所もあったり、そのために形式が一貫していないところが文学作品としては瑕疵たる点らしいけれど、そんなのはあんまり気にならないです。
たしかにね、とは思うけども。


人によっては、この作品の書かれた背景を知らずに読んだら「なんやねんこのふざけた本は!」と思うのでしょうが、僕はこういう風刺文学というか、人を煽ったような作品が好きなんだよね……

馬鹿馬鹿しいものを発明したのは私だ、痴愚がなければ人生はつまらないものになるだろうというようなことを言ったり。
人々をつなげ交わらせる媒介となるのが痴愚なのだと言っていたり。
痴愚女神の述べていることはどれも逆説的に捉えなきゃいけない。
わざと悪徳を称賛している箇所があったりするので、そういうところで真面目な人が怒っちゃいそう。

痴愚の女神のせりふが「極めつきの大愚者が、おっと言い間違えました、大学者が〜」みたいに、露骨に煽った描写をしています。
炎上系のプロガーみたい。


聖書やギリシアローマ神話を元ネタにしているところがたくさん出てくるので、そっち方面に詳しいほうが楽しめるかもしれません。
注釈がたくさん入ってるので、知らなくてもナルホドねと思いながら読めます。

作中でたくさん引用されているギリシアことわざが面白いです。

「驢馬(ロバ)はまだ何も聞かぬうちにわかったように耳を動かす」


「うぬぼれ」が人間を幸福にしている、と随所に書いている。
うぬぼれ(ピラウティア)や、追従(アセンタティオ)を擬人化したりもしているぞ。


風刺の対象である当時の神学者たちが唱えるトンデモ説でひとつ、面白いのがありました。

イエスの御名である「JESUS」という語を等分したら(JE-S-US)、真ん中にSという文字が残る。
これはsynつまり罪を意味していて、つまりつまり、イエスが罪を背負ったことを表しているんだ!
なんていう神秘!!

というような牽強付会の説がまかり通っていたそうです。
痴愚の女神はこれを嘲笑っている。

ところで、このJESUSの文字を分割するエピソードを読んだとき、徳川家康が豊臣にインネンを付けて大坂の陣を起こしたときの話を思い出しました。

豊臣秀頼が徳川家康のすすめで方広寺大仏を再建した際に、鋳造した鐘の銘文に「国家安康」「君臣豊楽」という言葉があった。
これを見つけて家康は、「銘文のなかで『豊臣』の字は繋がってて、『家康』の字が分かれとるやんけ!呪ってんの??」とインネンをつけた。
インネンを付けられて秀頼激おこ、これが尾をひいてのちに大阪の陣へと繋がったというエピソードを思い出しました。


中公文庫版のこの本は2015年出版の新しいもので、ラテン語からの翻訳バージョンです。
過去にいくつか翻訳されているそうですが、古い翻訳がフランス語からの翻訳で原典から意味が乖離しすぎていたり、ラテン語からでも誤りが多いことから、新しく訳したのだと。


著者のデジデリウス・エラスムスさんという人は、聖書の研究をしていた人だそうです。
記憶を頼りに聖書の引用をしているので、たまに微妙に引用の内容が誤っているところもある。

エラスムスさんは、硬直化して腐敗堕落していた当時のカトリック社会を嘆いてこの本で痛烈に風刺した
それがバカ受けして、当時のベストセラーになった。


エラスムスがこの本を書いた時のエピソードが面白いんです。
友達のトマス・モアのところに遊びに行くときに、馬車の途上でふと気づいた。

 友達の名前、モア(More)のラテン語表記・Morusが、
 愚者を意味するギリシア語のmorosに似とるな。
 ……せや!
 これをネタにこの話を書いたら、
 オモロイもの好きなモアにウケるんちゃうか!

そんなくらいのノリで書いたらしい。


さらに、この本に共感したマルティン・ルターの宗教改革を呼び起こしたのだ。
別の本屋で見かけた同じ本の帯にはこんな煽り文句が書かれていたよ。
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高校で世界史をやらなかったルーザーなので、この辺の歴史は詳しくないです。

エラスムスはルターから「いっちょ改革ブチかまそう!」と誘われたけれども、プロテスタントには与せず、カトリックの復権を願っていた。
ところがカトリックからはエラスムスは異端扱いされ、著書は禁書とされる。
エラスムスからすれば残念なことだけども、現代までも読み継がれているだけの意義がある作品だったということだね。

キリスト教ネタの本で変わり種が読んでみたかったらオススメです!
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