前にも同様のことを書いたような記憶があるけども・・
単純な話、「芸能人・タレント枠」と、そうでないものとの選り分けが、
当の本人達も世間一般もよく出来ていない・・ってことですなぁ。
浜田?小川? 彼らタレント枠。
“芸人”とは個人的に認めてないが、取り敢えず彼は芸人枠。
その奥方が同じ側に立つ。
【芸のためなら 女房も泣かす それがどうした 文句があるか】
【そばに私がついてなければ 何も出来ないこの人やから 泣きはしません 辛くとも】
「浪花恋しぐれ」ですがな。芸人“桂春団治”を主題にした、ね。
芸能の世界ってのは、一般とは違うもの。
違うから成り立ってる面もあるってこと。
貞操観念の乱れも、時に肥やしになる。いや、肥やしにすべきでもある。
それが芸能の世界。その女房も、一心同体なわけだ。
だが乙武君。
彼はちょいと違う。奥方も同様に。
福祉も教育も、世相も何もかも、真面目に語ることを責とする人物だ。
奥方はその旦那を支える・・ということは、同じ目線や立場であることを意味する。
ということは、彼の行いを思い切り批判せねばならないわけで、
本当にそれでも一緒に生きてくなら、その批判面を相当強く打ち出さねばならない・・
ってことで、「自分にも責任の一端・・」なんてことは、確かに当たっているものの、
それは内輪近隣内で言うことですね。もしくは、打ち出すとしても文面の僅かな部分で、
目立たぬ形で潜り込ます程度にしないと、誤った方向に向く、と。
なわけで、小川奥方の評価ってのは、「芸人の女房」として評価されるべきなことで、
知識人やそれに類する者と一緒くたにしちゃいけないね・・。
乙武氏の妻謝罪で浜ちゃんの妻小川菜摘が再評価
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=3913274
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