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2016年03月23日12:38

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夢の小料理屋のはなし 99

「女将さーん、こっちこっち!」
田中ちゃんとミーちゃんが、こっちに向かって遠くから手を振る千鳥ヶ淵。
いつもなら6時からのオープンを2時間遅らせた今宵の小料理屋。
今日は、ソメイヨシノの開花を目視確認しに来たいつものメンバーと言う体である。
「やっぱり、千鳥ヶ淵の桜が一番好きだけど、まだちょっと早いかもね。」
女将さんが上を向いてニコニコしながら歩く。
薄桃色の着物が、桜並木によく映える。
そして、女将さんが上を向いた時の顎のラインは本当に綺麗だ。
仕事帰りとは言え、こんなヨレヨレなスーツで一緒に歩くのは申し訳なかったかなと思いつつ、さりげなく手を繋いでみる。
「春ね。」
「春だねぇ。」
「春のせいか、あの二人も何だか楽しそうに見えるわ。」
言われてみれば、田中ちゃんとミーちゃん、仲良さげだねえ。
ミーちゃんに肩を叩かれてキャッキャ言ってる田中ちゃんも新鮮ではある。
春、なのかねぇ、やっぱり。

「お行儀が悪いけど、今日は良いわよね、ンフ。」
そう言ってワンカップを開ける女将さん。
花見と言えば、やっぱり酒だよねぇ。
僕も飲み始めようかね。
「私たち、結局飲んじゃうわね。」
「長生きしないタイプかもね。」
「あら、私は百薬の長だと思って飲んでるわ。」
「でもさ、あと何回こんな感じで二人で桜を見られるのかねぇ。」
「さぁ、どうかしら。でも、おじいちゃんとおばあちゃんになってからもお花見なんて、素敵ね。」
おじいちゃんとおばあちゃん、か。
僕らもなるんだろうな。
あまり実感は沸かないけれども、世の中の人は、長年生きてると大抵老人になる。
僕も女将さんも、例外無く。
それにしても、今日の酒は旨い。
宮城の日高見のワンカップなんて、流石は女将さんセレクト。
「でもさ、歳とってから二人で見る桜ってのは、どんな風に見えるんだろうな。」
「さぁ、どうかしら。今見てる桜と同じぐらい綺麗じゃ無いのかしら?」
「そう言うもんかねぇ。」
「だって、何年経っても桜は桜だわ。」
そう言って笑ってみせる女将さんの横顔は、どんな美人のモデルさんや女優さんよりも良い顔をしていた。

「あ、見てほら、カップの中に花びらが浮かんでるわ。きれーい。」
「お、風流だねえ。」
無邪気にはしゃぐ女将さんと僕。
白髪交じりの中年のカップルだって、春はそんな気持ちになるのだ。

そうだねぇ、何十年経ってもこのまんまなのかもしれないねぇ。
僕は、ちょっとだけ強く、繋いだ女将さんの手を握りなおした。
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