http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16428 (写真入り記事)
今日は、いくつもの用事がバッティングしました。PTAの校外見守り、CGNTV開局10周年の会合など、いくつもの予定を突破して、韓国の方々と一日を過ごしました。
予定がバッティングした時、
�ー�分がもう一人いたらいいなー
��秘書が居たら代理で出席してもらいたいなー
と思います。
ある日妻に、「僕の秘書の仕事をしてもらえないかなー」と話したことがあります。
妻は、「私は秘書じゃなくて、妻ですよ」とあっさり断られてしまいました。
結婚して19年が経ちますが、私と妻は、全く得意なことが逆です。
私は、絶えず人に囲まれていることで幸せを感じますが、妻は、子育てや家事をはじめ、家の中の仕事が得意です。
そのお陰で、子供4人を預かって、私を快く送り出してくれますので、ありがたいです。
おまけに、PTAの仕事は、やらないといけませんので、代わりにやってくれました。
今日一日は、半分仕事、半分遊びのようでした。
牧師同士が、会議や仕事のためだけにしか集まらないということが多くの場合です。しかし、それでは本当の意味で仲良くなることはできません。
私が所属する団体も、最近は、年に一度の研修会では一緒に遊ぶ時間を持ちます。
今日は、韓国の牧師や長老たちと楽しい時間を過ごしました。
一週間に一度、安息日を持つと決めましたが、目の前の仕事を片付けていると、気がついたら安息日を取っていません。
神様は聖書で、イスラエルの民に向かって、「六日間働きなさい。そして、七日目は安息しなさい」と命じられました。
これは、安息の命令だけではなく、労働の命令でもあります。
神様は、働かない人には、「六日間はしっかり働きなさい」と命じられ、働きすぎの人には、「七日目は完全に安息しなさい」と命じられました。
今日は、伝道についての学びと、牧師同士で遊ぶ時間を持ちました。本当に良い時間でした。
朝7時に出かけて、夜9時近くに帰ってきましたので、三食を共にしたことになります。
私は、教会員のみなさんと、心行くまで遊び、思いっきり神を礼拝し、伝道をして、もっともっと親しくなりたいと思います。
家族とは、時間が許されるなら、一対一の時間を過ごしたいと思います。先日は、長女と仕事に一緒に連れ出し、スキーをして一日を過ごしました。車の中で、スキー場のリフトに乗りながら、食事をしながら、いろいろなことを話すことが出来ました。
妻とは、一週間に一度、一緒に仕事で出かけ、ランチを一緒に食べます。私がいろいろしゃべりたいと思っても、妻は矢継ぎ早に、子供の事などを話して来ます。「あなたは、毎日たくさんの人に合うから、話し相手はたくさんいるだろうけれど、私はあなたしか話し相手がいないんだから」といわれたら、聞くしかありません。これは、妻とのかけがえのない時間です。
春休みは、子供たちとできるだけ一対一で遊んだり、出かけたいと思います。
マザー・テレサは、「愛の反対は憎しみではなく無関心です」といいました。本当にそうだなーと思います。
「この人嫌い!」と思ったら、その人のために時間を使いたくないですし、無関心になります。
嫉妬したり、腹を立てたり、陰口をいったりするのは、関心があるからであり、ある意味、歪んだ愛の表現です。
私は、ある時に悟ったことがあります。嫌いな人ほど、付き合ってみると楽しいということです。
仕事場やコミュニティーなどで、自分が好きで、自分時の合う人だけがいてくれたらいいのになーと思うことがあるのではないでしょうか。
しかし、それはあり得ません。
気に入らない人を排除しても、気が合う人が気に入らない人に変わります。そのようにして、人間社会はバランスが取れているのです。
気に入った人だけがいてくれたらいいですが、それがあり得ないとしたら、苦手な人でも付き合うが勝ちです。
不思議ですが、どこに行っても、人間的な感情では、苦手無いタイプの人、「こういう人はいないでほしいなー」と感じる人がいます。
そこで心を閉ざし、仲間はずれにしたり、無視したり、毛嫌いしても何も良いことはありません。
私は、祈りながら、どんな人とも仲良くし、対等に付き合い、仲間となって一緒に仕事をすることにチャレンジしています。
私たちの悩みの大半が、人間関係における悩みです。
しかし、どんな人とも向き合い、付き合うことを決断し、チャレンジして行くならば、必ず良い関係を築くことができます。
相手が敵意を頂いても、こちらからは善意と感謝と祝福の心で接したいと思います。
それが幸せな生き方です。
今日は、たくさんのことを学んだ一日でした。
みなさんお疲れさまでした。また明日お会いしましょう。
おやすみなさい。
ログインしてコメントを確認・投稿する