今日はひたすら音楽を聴いている、最近は音楽鑑賞の最中に母の悪夢が浮かんでもそこまで支配されずにパッと消して気を取り直して音楽鑑賞を続行する事が徐々にではあるが出来てきているような気が僅かにする
出来ればこのまま音楽を聴き気持ちよく癒される事により精神的に余裕が生まれその余裕から更にハートフルが生まれあんまり人に不満を持たなく、また人を許せたり笑った方が楽しくて得だやと思えるようになっていったらいいなと思う。これは強い決意などではなく単なる願望程度
今は、ふと思った事が、不謹慎で乱暴な気持ちだけど、その内祖母が死んじゃったら親戚が集まる葬儀などに出なくちゃいけないのかなと不安になる。
その集まりでアレとも会う事になるかもしれないし、居なくても嫌だ、もう。
親に愛情を注がれなかったからか?それとも恋愛経験が無いからか?愛というものが知らない、いまいち
よく女性歌手などで満ち足りたような顔で愛を語ってるのを見ても、いまいちピンと来ない
それとも、愛はいくらでもそこら辺にあるけど自分が気付いてないか分からないかというだけなのか
人とのハートフルな感覚や感情は凄いあるし、その感覚には抵抗がない、でもそれは愛とは違う?
でも、愛が分からないなりに愛に対して抵抗がある、愛と聞くだけで「うえっ!」となるような変な気持ち悪さになる、と言う事は親からはやはり曲がった愛情でも受けてたって事か?
正直、この一年だけでもかなりの友達を自分から切ってしまった、現に居た友達を
どれだけ気が合って仲が良くても俺の心が狭いばかりに何時かは些細な事が嫌になってムカついてウンザリして離れてしまう。いつか俺は誰かに憎まれて殺されるんじゃないかと思うほど俺はいざとなったら平気でプツンと離れてしまう。これも自分の中に愛が無いからなのか?
こんな奴にこの地球上で生きられる資格は毛頭ない
俺は生きる全てに多大なエネルギーを消費しないと動けない
普段から鍛えてないから、太ってるから、そんな理由だけでは片付けられない程に自分は不器用でどんな動き一つにもエネルギーを使わないと動いていけない
水道の蛇口一捻り、タオルで手を拭く、ティッシュで鼻をかむ、目線を動かす、体勢を整える、歩く、ゴミ箱にゴミを入れる、笑われるかもしれないがどんな小さな動作にもかなりのエネルギーをいちいち使って生きている
だから生きてるだけで疲れる、こんなに親から批判される訳だ、親からも馬鹿にされる脆い人間なんて社会で生きていける訳がない
人が怖くてしょうがない訳だ、普通の人がコシのある中華麺やきしめんだとすると、自分はとろろこんぶ、中華麺やきしめんが衝撃を受けても切れるのは1本2本だけだろう、しかし俺はとろろこんぶだから、衝撃で全部千切られてしまう、また水に溶けても死んでしまう
小さい頃はドラゴンボールの悟空に憧れて世界一強くなりたいと思っていた、途中まで気付かなかったが自分は戦闘力マイナス100のクソゴミだった
もう働く事は諦めてる
苦しくなく生きてさえいればいいと思うようにもなってきた、どれだけ惨めだろうと人に時に何か言われようと、ゴミ扱いされようと、時に人並の娯楽に羨ましくなり嫉妬がピークに達する事もあるだろう、でもそれも我慢しなきゃいけない、自分は働けなくて強くない人間なんだから
ただ一つ贅沢な願望を言うだけ言えるなら、もう金なんか無くて貧乏でいい、恋愛事も無くてもいい、ただグルメだけは楽しみたい
でも勿論「働かないけどグルメは楽しんでいきたい」なんてダイレクトな事は言わない、だから只の妄想
自分は、気の強い女性や傲慢な女性や男を下に見る女性などが怖くてしょうがない。
しかしそれは表向きのかわいい言い方に過ぎないかもしれない
本当は俺こそが女性を下に見てる最低な人間だ
外出をしても男性に威圧されても縮こまるだけで何も感じる事はないけど、女性に対してはすぐにムカつき睨み返す癖が付いた
これは心の中では女に負けたくない、女ごときが男性に敵う筈が無いんだと、そもそも女ふぜいが偉そうな態度をしてるんじゃないよと、完璧にそう思い込んでる事だ
自分は戦闘力マイナス100のカス人間なのに女を見下してる。勿論いい女性も沢山居る、そういった人には全くの無害だけれど、性格の悪そうな女が大嫌いで許せない、見ただけでどうにかしてやりたくなる
でも、怖い兄ちゃんやオッサンなどには縮小し、女にはそういう思考が働く、うん、そういう事だ、真のクズは俺だったんだ
弱い者の典型例だよ、自分より強いやつに向かわないで弱いと思うやつにデカくなる
ただ、めちゃめちゃ都合良い言葉を言わせて貰うなら、男性より女性が下だと常に思っている訳ではなく「男性にとって有害な女が許せない」だけかもしれないm(__)m
俺は子どもの頃から世間知らずでずっと大きくなってきた
だから社会経験人間経験学校経験どれも皆無だから、最初は人に腹が立つ、ムカつく、と言った嫌悪感がまるで分からなかった
テレビやドラマなどで人が葛藤したり傷付いたりキレたりと、そういった感情や感覚がまるで分からなかった
遅れながらも数年前に家を出て寮住まいなどしながら社会復帰の支援プログラムなど、作業所的な作業など、色々と頑張りながら生きていく内に、生で人と関わって過ごしていく内に、人との楽しさと同時にムカつく感情や嫌いな感情を覚えていった
何も知らなかった頃は悩み苦しんでる人を見て「何でだろう」と勝手にもし自分だったらと当てはめて自分ならどうも思わないだろうと勝手に大人な気になって勝手に安心していい気になってる自分が居た。少しの事で動じない俺スゲーといい気になっていた
究極の馬鹿だった
それはすなわちテレビに映るブルースリーを見て「俺でも何か出来そうだな、このザコ達弱そうだし、俺だったらあの攻撃避けられるな、うん、俺でもあのザコ達一蹴できるわ」と思い込むようなものだ
究〜極の馬鹿だ、言うは易し行うは難し、見てるのとやるのでは違うに決まってる
俺は活動をし出して初めて体で体験する感覚を知った
己の体で何でも体験していかなきゃ意味がない事なんだ、そうしないと身に付かないしそもそも「分からない」
曲がりなりにも外の世界を知ってから、いかに自分が小さい人間なのかを、いかに我慢弱く打たれ弱い人間なのかを知りました。自分は何にも凄くなかった
でも、もうこの広い世界で頑張るエネルギーは残ってないんだよ、こればかりは悟る・・・
魂エネルギーも勿論だし、あとは「人にすぐカッとならないように」しないと生きていけない
俺の中では人が怖いのと人がムカつくのとどちらが勝ってるの?
あまり、言いたくはないけどもしじいさんくらいの年齢まで生きちゃうとしたら絶対にホームレスになっている・・・・・・
いや、もっともっと早い段階でなっているかも
愛がないだの強くないだのの以前に、大以前に、まずエネルギーが無いのだ。エネルギーが無い事には何も始まりはしない、どこでエネルギーを落としたのか。もしくは最初から極端に少なかったのか、未熟児だったのか
でも、脳がおかしいのは明らか、これだけは曲げずに断言する、俺は頭がおかしい、脳がおかしいのに生まれてきた、未熟脳の救いようが無い人間。全てが備わってない俺に何十年も生きられる術など元からなかったのだ
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