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2016年03月07日10:11

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今から17年前の話

オギャー! 出産に立ち会った男性たちに、当時の心境を聞いてみた
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=60&from=diary&id=3885345

友人の娘さんが、3月9日で17歳になる。
友人であるお母さんは「立派な腐女子に育った」と。

出産時のブログを引用。

『《  臨  月  》 

ついに、臨月を迎えてしまった。とはいえ、相変わらず、仕事に、プールに、母の見舞い
といった、忙しい毎日を送っていた。おまけに、ダンナの父もインフルエンザで
入院してしまい、忙しさに拍車がかかった。

ある日、母の主治医から、
「今回は状態が悪いので、手術を考えています」
と、言われてしまった。私の母の病気は『腎臓結石』という、厄介な病気で
なぜだか、腎臓に石が出来るのだ。その石がたまに、尿と一緒に落ちて
激痛を伴い、入院となってしまうのだった。

今まで、石だけ摘出したり、機能していない腎臓を摘出したり、膀胱と腎臓を
腸でつないで太いバイパスにしたり、とブラックジャックもびっくりな位、
手術をくり返してきたが、完全には、なかなか治らなかった。

「これ以上どこを切るんですか?」
主治医に聞くと、
「今回は、人工膀胱を作ろうと思っています。切る所は、以前の傷の上を切りますので、
痕はあまり、気にする事も無いでしょう。人工膀胱を作る事によって、尿の出口が
大きくなるので、今より楽に石が出ますから、入退院の回数も減るでしょう。

何より、1つしか残っていない腎臓が、かなり弱ってきているので、このままでは、
近い内に人工透析になるでしょう。」

『入退院の回数が減る』
その言葉が、私の心に火をつけた。

母の入退院振り回されてきた。それが無くなるというなら、何でもやってくれ。
そして、気が付けば「宜しくお願いします。」と頭を下げていた。
母にこの事を告げると、「人工膀胱なんてやだ!」と、やっぱりダダをこねた。

これ以上、母の入院に、振り回されるのは、いい加減、嫌気がさしていたので
ごねる母を何とか説得し、手術を、受ける事になった。
手術当日は3月だというのに、真冬のように寒かった。
とはいえ、付き添えるのは私1人。

「手術がうまくいけば、もう振り回される事もない、母も元気になるんだ。」
頭の中で、呪文のように、唱えながら、手術が終わるのを待った。

結局、手術は5時間かかった。母は、麻酔が効いてもうろうとしながらも、
「がんばったよ。」と泣きながら、私に言った。貰い泣きしそうになったが、
あえて、クールに「お疲れ様」とだけ言った。内心、ほっとした。


《 ついに・・・ 》

母の手術の次の日は、宝くじのバイトが入っていたので、バイトに行った。
また、翌日は午前中、友達が、ベビーベッドを貸してくれる事になっていたので、
持って来てもらい、昼食を一緒に食べ、友達は帰って行った。

その後、旦那と私は、散らかりまくった寝室を片付け、ベビーベッドを組み立てた。
「おしっ!これで、いつ産まれても大丈夫!!」
かなり、疲れていたが、昨日はバイトで母の見舞いに行ってないので、旦那と行く事にした。

母は、思ったより、術後の経過も良く、一安心した。
旦那と外食し、2人で、風呂に入った。一日の疲れを取り、
体を拭いている時、それは起こった。

「!?」

膣からお湯が流れ出した。それも、いつもより量が少し多かった。
しかし、私の出産予定日は、3月29日。その日はまだ、3月7日だった。
初産は遅れがちという、先入感も手伝って、
私は大して気にもとめず、着替えを済ませた。

しかし・・・。

一歩、歩くたびに『ちょろリ』と膣から湯が流れ出す。
そこで初めて、『破水?』と考えた。
とりあえず、あわてるのが一番まずいと判断した私は、
呑気にタバコを一服ながら、様子を見る事にした。

体勢を変える度に、今度は『ジャー』という感じで、湯が流れた。
そこで、初めて、ダンナに、
「破水したかもしんない。」と、へらへら笑いながら、告げた。

驚いたのは、旦那の方だった!!
「ええっ!どうすんのっ?大丈夫なのっ?」と、めちゃめちゃ焦っていた。
私は相変わらず、呑気にタバコを吸いながら、
「お湯が入っただけかもしれないし、一応、産婦人科にTELしてみる」
と言って、『違ってたら、こんな恥ずかしい事無いよなー。』などと、
この後に及んでも呑気にしていた。

「3月29日が出産予定日で、風呂から上がったら、膣からお湯がたくさんでるんですけど、
一応、聞いとこうかなー、と思ってTELしたんですけど(笑)」
と呑気に言うと、TELの向こうの看護婦さんは、焦った様子で、
「すぐ、来て下さいっ!!」と叫んだ。

親友のKRが破水した時、バスタオルを股に挟んで病院に行った、というのを
思い出し、早速、私もバスタオルを股に挟んで、旦那の運転で病院に向かった。
車中、「これで、単なるお湯だったら恥ずかしいよねー。」などと、相変わらず、
へらへらしていた。事実、へらへら出来る位、なんとも無かった。
 

《 陣痛の始まり 》

病院に着くと、すぐに診察室に通された。
「破水ですね。このまま入院して下さい。」
平然と当直医のDrに言われた。(しかも初対面だった。)

そこで初めて私は驚いた!!
破水したというのに、ちっとも痛くなかった。テレビじゃ、破水と陣痛は一緒だったのに、、、。

「あのー、全然、陣痛きてないんですけど、、、。」
恐る恐る、聞いてみると、「そりゃそうでしょ。」と、一言で片付けられてしまった。

しかも!
「それから、あなたの予定日から計算すると、明日から正期産なので、できるだけ
長くお腹に入れておきましょう。今夜は、陣痛を抑える薬を使います。」
などど、言われてしまった。(そんな事していいのか?)

いよいよ、鼻からスイカを出す位痛いと聞く、陣痛を体感する日が来てしまった。
そして入院する部屋に案内される頃に初めての陣痛が来た。
思ったほど、痛くなくて、ごく軽い生理痛程度の痛さで、ほんの一瞬だった。

看護婦さんがやってきて、「陣痛を抑える薬です。」と言って腕に注射をした。
丁度、その頃、入院の荷物を取りに行っていたダンナが、戻ってきた。

2人で、「これからどんな痛みが来るんだろうね」と話していたら、
「聞いた所によると、鼻からスイカを出す位痛いらしいよ。」と私が言うと、
ダンナが「その人は、鼻にスイカを入れた事があるのかな?」と言って、私を呆れさせた。


《 陣痛1日目 》

夜が深くなると、薬で抑えてるとはいえ、陣痛が始まった。
何分間隔で、陣痛がきているか、記録しておくように言われたので、
ダンナに陣痛の記録係を頼んだ。

そのダンナが、急にゴソゴソし始めたので一体何してるんだろうと思ったら、
何と!!荷物の中から自分のパジャマを取り出して、着替え始めた。(!!)
私は、あ然としながら、「あんた、何なの?その格好は、、。」と言うと、
「やっぱ、寝るときはパジャマでしょう。」と、ニコニコしながら、ダンナは胸を張った。

これから、私が鼻からスイカを出す様な、思いをするというのに、
のうのうと、寝る気なのかっ!何のための付き添いなんだよっ!私は腹が立った。
しかし、文句を言おうにも、ほぼ、10分間隔で、陣痛が来て、それ所じゃない。

仕方なく、ため息をつきながら「記録だけはちゃんとしてね。」と言って諦めた。
陣痛が来るたび、ダンナに声をかけ、時間を記録してもらった。

ところが、ある時から、突然、ダンナが反応しなくなった。そこへすかさず、
「ぐがーー。ぐごーーー。」と、ダンナのいつもの掃除機の音の様ないびきが響いた。

「こいつ、寝やがった!!」腹を立てた私が、ダンナをゆすり起こすと、
「ふぁーー。ごめん、ごめん。」と、ダンナ。
「ちゃんと記録しといてよっ!」怒りながら、陣痛に耐える私。

そしてまた、次の陣痛がきたので、ダンナに知らせると、またもや、あの怪音が響いた。
「ちょっとっ!ちゃんと、記録してよっ!」
と怒鳴りながら起こして、ムニャムニャしながら、
ダンナが記録する。と、言う事を2〜3回繰り返した。

そして、4,5回目には、
ついに「俺は眠いんだよっ!寝かしてくれよっ!」と、逆ギレされてしまった。(!!)
私だって、すごーく眠たい。(泣)うつらうつらと寝ようとすると、
ギューっと搾り出すような陣痛が来て眠れない、、、。

「この痛みはあんたのせいでもあるんだからねっ!」
寂しく恨み言を言いながら、結局、自分で記録した、。(泣)


《 陣痛2日目 》

とうとうあまり眠れず、朝になり、朝食が運ばれて来た。
産婦人科の食事はおいしいと聞いていたが、本当においしかった。

フランス料理とか豪華ではなく、普通の家庭料理だったが、
陣痛の合間を見て残さず、全部食べた。

「今日から、正期産になるので、お薬は止めて、出産しましょう」
と、言われたが、昨夜とあまり変わらない陣痛で、
「これで、本当に産まれるのかなぁ。別にたいした事無いじゃん」
と、たかをくくっていた。

夕方過ぎに、親友のKRが陣中見舞いに来てくれ、
「いてて、、。」と、言いながらも、楽しく談笑した。

『今夜の痛みもこんなもんかな?』と思っていた矢先、、。
『ズンッ』っと、足先にまで、響くような痛みがはしった。
まさに、陣痛の本番の始まりだった。

その痛みは時間が経つにつれ、痛みは強く、間隔は短くなっていった。
看護婦さんも、頻繁に様子を見に来てくれるようになった。

「じゃ、行きましょうか。」と看護婦さんに促され、
私はもうすぐ、産まれるから、分娩室に移動するのかと思っていたら、
確かに、行き先は分娩室だったが、内診と、剃毛の為だった。

陣痛の間隔を見ながらの内診が終わり、
「子宮口がまだ、全然開いてないわ。まだ当分かかりそうね。
じゃ、そのまま、動かないでね。」『!?』

私の大切な所に、かみそりの嫌な感触があたり、
ジョリジョリと私の毛はそり落とされていった。
途中、恥ずかしくなって、つい、足を動かすと、
「ほら、動かないの!さっきの人はおとなしかったわよ!」
と叱られてしまった。

そう言われても、下半身丸出しで、足をおっぴろげて、
同性に毛を剃られているのはたまらなく恥ずかしかった。
「昨日のうちに自分で剃らせてくれればいいのに・・・。」 小さくつぶやいた。
『やっぱり、産婦人科は嫌いだーーーー!!』 心から思った。

剃毛も、どうにか無事に終わり、私の陣痛は中盤にさしかかっていた。
そして、部屋に戻った私は、暴れ狂う猛獣になっていた。
様子を見に来た看護婦さんに、「力を入れちゃダメ!」と言われた。
しかし、、痛い。たまらなく痛い!

これで、どーやって力を抜けというのか教えて欲しかった。
「痛い時は息を吐きながら力を抜いて」と言われたが、
息を吐くと、仮面ライダーの変身の時の様な声になってしまい、

ますます、私の猛獣化に拍車をかけた。
痛みのあまり陣痛が来ると、「腕に力を入れる位なら良いだろう」と、思い、
ベッドのシーツをかきむしり、枕をバンバン叩いて、八つ当たりした。

ダンナは隅っこのほうで、生贄の羊さんの様に小さくなっていた。
そこに、私の悪い癖が出てしまった。
他の事を考えて、気を紛らわす為につい一服したくなってしまった。

ダンナに「タバコを持ってきて」と言うと、「大丈夫なの?そんな事して・・・。」と言いながらも、
執事の様に持ってきてくれた(あんたには逆らいませんって雰囲気たっぷり)。
しかし、一口吸うと、むしろ、吐き気がして吐いた。

隠れて、WCで吸ってて良かったと思った(普通、陣痛の最中に吸う人はいないと思う)。
陣痛はさらに痛みを増し、間隔は短くなり、ついに生贄に手を出すようになっていた。
陣痛が来ると、その痛みに耐え切れず、ダンナに噛み付いた。

目から涙はとめどなく流れ、「痛ーーーーーい!!」と絶叫しながら、ダンナを引っ掻いた。
まさに、猛獣そのものだった。
それでも、ダンナは、私を受け止めてくれた。

さすがに、今日は一生懸命、励ましてくれた(そのついでにこの、痛みも変わってくれよ)。
本当に、ありがたかった。

2度目の内診が有り、「まだまだかかりそうね」と言われ、目の前が真っ暗になった。
「こんなに痛いのにこれ以上耐えられない・・。」
そう思った私は暴挙に出た。

「もう、これ以上嫌だーーーっ!切って出してーーーっ!」と叫んでいた。
助産婦さんは、呆れて、「夜明け前なのに、眠ってる先生を起こせって言うんですか!
せめて、もう少し頑張りなさいっ!!」と私を叱った。

私は、帝王切開をしてでも、この痛みと早くおさらばしたかった。
2日も、ろくに寝ていないので陣痛の5分の休憩時に睡魔に襲われ、うとうとしていると、
激痛によって目を覚ますという泥沼を繰り返して、私の体力は奪われていった。

そんな私を見て、ダンナは、こたえたらしく、「ごめんよー。」と涙を流していた(様な気がする)。
実は痛みのあまり、凶暴な野獣に変身していたので、あまり記憶に無い。
「痛い!痛い!痛い!!!誰か、早く助けてー!!」

心の中は、完全に我を失っていた。(エクソシストのリーガンの様だった)
ダンナはますます凶暴化していく私を、ただ見守るしかなかった。

夜明け頃、草食動物Drがやって来た。助産婦さんが、Drに
「これ以上、痛みに耐えられないから、帝王切開して下さいって言ってるんですけど、、。」
と報告した。草食動物Drは困った様に、考え込んで、静かに、
「あなたは心臓手術もされていますから、これ以上体に傷をつけるのは止めて、
無痛分娩にしましょう。その方が、安全ですし・・。」と言われた。

「無痛分娩!!それっ!それにして下さいっ!」
その手が残っていたんなら、早く言ってくれよー。
何でもいいから、この痛みをとってくれー。

そしていよいよ、大豆にご対面する準備が始まった。
 

《 無痛分娩開始 》

無痛分娩に向けて、テキパキと準備が進み、いよいよ、出産のために分娩室に
苦しみながら向かった。すぐ、分娩台に乗せられ、草食動物Drが
「今から腰に麻酔を打ちますから、動かないで下さいね。」と言いながら、
針を刺そうとしたその瞬間、また陣痛が襲ってきた。

こんな時に動くなと言われても、野獣化した私には、声が届かなかった。
しかし、草食動物Drは、少しもあわてる事なく私の陣痛が落ち着くのを待って、
腰に針を刺した。少しずつ、腰からしびれる様な感覚が広がり、
陣痛が、かなり楽になった。

「麻酔の量は今、最小限にしてますから、痛くなったら追加するのでおっしゃって下さいね。」
と、言われた直後に、「痛いですーーー!!」と泣いた。
Drは『えっ!もう!?』と言いながら、麻酔を追加してくれ、だんだん、陣痛が
我慢できる程度の痛みになった。(まあ、それでも痛いもんは痛かったが・・・。)

しばし、薬を追加しながら、時間が流れDrが
「これ以上長くかかると危険なので、子宮口が、開きやすくなる薬を使います。」
と言われ、私はおとなしく頷いた。

さっきまでの野獣化した私はそこにはいなかった。
薬が腰についてる麻酔のチューブから入れられた。

この後の及んで私の子宮口はまだ開いてなかったのだ。
もし、無痛分娩に切り替えていなかったら今頃何人か、食い殺していたかも知れない。
2日間、ろくに寝ていない私の体力に限界が近づいてきて、段々ぐったりしてきた。

その時、看護婦さんが、分娩室に入ってきて、申し訳なさそうに
「すいません、ご主人が奥さんの朝食を食べていいか?って聞いてますけど、、。」
と言った。「勝手にしてと伝えて下さい。」ぐったりしながら言うと、
「すいません・・・。」と、小さくなって分娩室をあとにした。

私は、何もかも、どうでも良くなっていた。大体、人がこんなに苦しんでる時に、
『呑気に私の分の朝食を食ってんじゃねぇ!!』と思った。

「胎児が酸欠になりかけているので、これを吸って酸素をいっぱい胎児にあげて下さい」
と、今度は酸素マスクを渡され、ぐったりしながら、酸素マスクを吸っていた。
草食動物Drが内診をして、しきりに頭を抱え「おかしいなぁ、、。」とつぶやいた。
『今度は一体??』 と思っていると、
「子宮口は全開で、赤ちゃんが出かかっているけど、なぜか降りてこないので、吸引分娩しますね。」
と言われた。

『どうにでもしてくれ』 ぐったりしている私は、頷くので精一杯だった。
「吸引の機械が入らないので、少し切りますね。」
パチンとはさみの音がひびいたが、麻酔のおかげで、ちっとも痛くなかった。
ぼーっと、『これが有名な会陰切開か、、。』 と思っていた。

ついに吸引の機械が膣の中に入れられ、草食動物Drから
「合図で思いっきり、いきんで下さい。 ハイッ!!いきんでっ!!」
私は最後の力を振り絞って、いきんだ。

2〜3回合図に合わせていきんでいると、
「今度は力を抜いて、息をゆーっくりはいてー。」 と催眠術のように言われ、
『フー、フー』っと息をゆっくりはいた。

『ズルッ』っという感触と共に、「ギャーーーーッ!!」っという、泣き声が響いた。
ついに、私は、出産を終え、お母さんになったのだ。ボロボロと涙が出てきた。
「生きてますか?元気ですか?」

たった今、泣き声を聞いたのに、それが信じられず聞いた。
「大丈夫、ちょっと、小さいけど元気な女の子ですよ。」
そう言われほっとした。


《 出産直後 》

「胎盤が出ますから、楽にしていて下さい。」
と言われ、またもやズルッという感触があった(出来れば胎盤を記念に欲しかった)。
「それでは会陰を、縫いますから、じっとしていて下さいね。」
今度は股間が引きつるような感じが少ししたが、麻酔のおかげでちっとも痛くなかった。

その頃、体をきれいにしてもらった大豆がやってきた。
「体重が2196gでした。そんなに心配する事は無いと思いますが、
生後1週間位は体重が減るので、念のため大きな病院で、ケアしていこうと
思います。2kgをきったらうちの病院では充分な措置が出来ないので・・。」
と言われ、ただ、頷くしかなかった。看護婦さんが、
分娩台に横たわっている私の胸に、大豆を乗せてくれた。

「本当は退院の時に撮るんだけど・・。」
と言って看護婦さんがポラロイドカメラで2枚、私と大豆を写してくれた。

「すいません、主人を呼んでください」
と、頼むと、「さっきから呼び出してるんですけど、返事が無いんです」
言われてしまった。看護婦さんは申し訳なさそうに、
「ご主人、寝ちゃったみたいです・・。」 と言った。

私が子供を産むため必死で頑張っている時に、私の朝食をたいらげ、
のうのうと眠ってるなんて・・・・。酷い、いくらなんでも酷すぎる!!

「たたき起こして下さい(怒)!!」
看護婦さんは「はいっ!!」と言って、だんなを起こしに行ってくれた。

ダンナが来る間、大豆を良く見てみた。
羊水に浸かってふやけてるし、ぐにゃぐにゃだし、
正直言って、かわいいと言うよりも
「宇宙人みたいだな」 と思った。

「じゃ、お別れする前にお母さんのおっぱい飲んでみようね。」
と看護婦さんに言われ、私の乳を大豆の口に含ませた。
大豆は出てるのか、出てないのか分からない
私の乳をチュウチュウと音を立てて吸った。

「じゃ、お迎えの準備が出来たから行こうね。」
と言って抱き上げたが、大豆が口を離さなかったので、私の乳首はびろーんと伸びた。
「お腹空いてるのかしらね。」
笑われながら、大豆は看護婦さんに抱かれ消えていった。

その頃になって、やっとダンナがやって来た。
「いやーかわいい赤ちゃんだなー。ご苦労様。ありがとう。」
ダンナは今まで寝ていたとは思えない程、興奮していた。

私は、完全にすねていた。
「あらそーーお?私には、宇宙人に見えたけど?」
それなのに、ダンナは悪びれもせず、なにやらごちゃごちゃ話していた。

草食動物Drがやって来て、ダンナに
「おめでとうございます。準備が出来たので、ご主人は役所に行って、届けを出して
赤ちゃん医療証を取って来て下さい。」と言った。

ダンナは珍しく、テキパキと準備をして、
「じゃ、言って来るね。」と言いながら、しゅたっと軽く敬礼して出て行った。
ようやく、終わった。

『やっと、眠れる・・・。』 そう思って一息ついていると、
看護婦さんがやって来て、「おしっこはしたくないですか?」と聞いてきた。
私はそうでもなかったので、「大丈夫です」と答えた。

しかし・・・。
「でも、当分動けないので、膀胱を空にしておきましょうね。」と言った。
『まさか、この台の上でしろとか言わねーだろうな!』と思っていたら・・・。
看護婦さんがなにやらぶっとい、チューブを持ってきた。

『・・・・。』  嫌な予感がした。
そして、いきなり、ぶすっ!っと私の尿管に突っ込んできた。
「いたーーーーーーーーいっ!!!!」

そう叫んで私は反射的に上に逃げてしまった。一体どこにそんな体力が残っていたんだろう。
「危ないっ!!」
そこにいたDrや看護婦さんが一瞬で凍りついた。

私が上に逃げたため、上半身が分娩台から、ぶらーんと垂れ下がり、
かろうじて、分娩台に引っかかっていたので、一同が胸をホーっと撫で下ろした。
「じっと、してなきゃ危ないでしょうが!!」と叱られてしまった。

「痛くて、こんなの我慢できません!」っと言い返し、
看護婦さんは「やれやれ」といった顔でさっきよりかなり細いチューブを持ってきた。
『そんなのあるなら、最初から使ってくれよ!』と、思った。

その管で、膀胱をどうにか、空にし、ホケーっと、していると、隣の部屋から
「ギャーギャー」と赤ちゃんの産声がした。
私と、30分違いで産んだ人がいたのだ。看護婦さんがやって来て
「ここで、1〜2時間位このまま休んでいて下さいね。」
と言った。1人になって、色々思い返しながら、安心して少し泣いた。

しばらくすると、隣の分娩室で産んだ人が私の隣に、運ばれてきた。
私には、彼女が同じ戦場で戦った戦友の様に思えた。

お互い顔を見合わせて、照れくさそうに「おめでとうございます」と言い合った。
他愛も無い雑談をしていると、看護婦さんが車椅子で迎えに来て、
部屋に戻った。ひとまず、無事に生まれてホッとした。

後で、草食動物Drに聞いたが、大豆は腹の中で、元気良く暴れまくり
肩の所に、へその緒を巻きつけていたので、なかなか降りてこなかったそうだ。

私も産まれる時、首にへその緒を巻きつけていたと母から聞いたが、
『そんな所、似なくてもいいのに・・・。 』 と思った。
部屋に戻り、一眠りしようとしたが、頭のどこかで興奮していて、眠れそうになかった。

とっても、クタクタなのに、なぜか、気分はハイテンションだった。』
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