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2016年03月06日23:22

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『ドラえもん 新・のび太の日本誕生』

■【劇場アニメレビュー】原作へのリスペクトが感じられる丁寧な『ドラえもん』、でもそろそろオリジナルも見たい!? 『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』
(おたぽる - 03月05日 18:11)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=178&from=diary&id=3884307




 公開されたばかりの映画について、ネタバレなことを語るのはできるだけ避けてはいるのだが、経験上、アニメファンを自称している人でも、ちゃんと『ドラえもん』の映画を映画としてきちんと観続けている人なんて、滅多にいないのである。どんなに勧めたって、観ない人は観ないし、観てる人は初日にもう観てるだろうから、もう遠慮なしに、今回のリメイク版が、いかに旧作を凌駕したかについて書いておこうと思う。

> 思えばスタッフ&キャストを一新した『のび太の恐竜2006』および新TVシリーズがお披露目されたころは、それまでのものに慣れ親しんだ向きからの反発が強く感じられたものだが、およそ10年の時を経て、このリニューアルは世代交代しつつ先達の名誉を継承するものとして成功していると思う。

 『ドラえもん』について、感想を書きにくいのは、すぐに声優交代、スタッフ交代について、「昔はよかった」と絡んで来る人たちがいることで、正直、聞き飽きたと思っている。最初の刷り込みで「大山のぶ代でなきゃ」と言ってるだけで、演技や映画的演出について語れるだけの知見を持ってる人間は皆無に等しい。だからそういう連中の相手をする気は毛頭ないので、偶然、この日記を読まれたとして何かしら憤りを覚えられたとしても、返答はしかねることを一言申し上げておく。

 増當氏が指摘している通り、今回のリメイク版は、旧作へのリスペクトに溢れている。
 ストーリーラインを大きく変更することはしていないし、いかに旧作をバージョンアップするか、基本的にはその点に腐心している。
 しかし、二作を比較してみれば、そこにはやはり大小さまざまな改変点があって、それがことごとく「旧作の欠点を埋める」形で行われていることが分かる。

 実は藤子F原作そのものにも大いなる矛盾はあって、今回の悪役のギガゾンビは、未来から来た時間犯罪者で、自らの支配する世界を構築するために七万年の過去に遡ってきたわけだが、歴史を改変する危険を冒している点では、ドラえもんやのび太たちも同罪なはずなのである(だから、のび太が過去にはあり得ないペガサスやグリフィン、ドラゴンを作ってしまったあと、タイムパトロールに回収されてしまう)。でも彼らの行為は結果的に許されてしまう。それはなぜなのだろうか。
 それは、他作品にも見られる「のび太たちによって改変された歴史が結果的に現在の歴史に繋がっている」ためなのだ。つまり、のび太たちの行った改変は、未来から見れば「予定された必然」だったことになる。おかげで、のび太たちが過去で何をしようと、お咎めは一切ない。実は『ドラえもん』の世界においては、彼らは「神」なのだ。全然無自覚なんだけど。
 でも、そうなると『ドラえもん』の世界は実に味気ないものになってしまう。短編だと、その「予定された未来」がナンセンスギャグとしてコンパクトにまとめられているから笑いも生じるが、長編の場合は、冒険が冒険にならなくなってしまう。どんな危険な目に遭っても、タイムパトロールの助けも、それがその時に行われる必然であった、ということになれば、面白みもなくなってしまうのだ。
 旧作のクライマックスは実につまらない。実は『のび太の日本誕生』は、大ヒットした割には旧シリーズの中では出来が悪い方で(私はワーストだと思っている)、タイムパトロールは最初からギガゾンビの犯罪に気付いていて、のび太たちを利用して、基地を探させていたのである。ラストはタイムパトロールが基地に突入してギガゾンビはあっさり逮捕。盛り上がりも何にもない。ギガゾンビが開発中だった亜空間破壊装置も、完成することなく終わった。
 しかし、新作では、タイムパトロールがギガゾンビの存在に気付くのは、ドラミ(旧作には未登場)がツチダマの形状記憶セラミック技術を解析して通報した後である。登場するのも本当に本当の最後、ドラミに案内されてであって、それまでに、ドラえもんとのび太たちは、ギガゾンビと最後の決戦を迎えている。

 時系列で、中盤からの、旧作との違いを見て行こう。
 ギガゾンビからの支配から脱したククルたちヒカリ族を、ドラえもんたちが、中国から日本へ、どこでもドアで連れていく過程は、旧・新ともに同じ。ただ新作では、「日本建設」のためにドラえもんがひみつ道具を貸さない理由が「未来の技術をそれを持たない人たちの歴史に介入させちゃいけないから」だと説明される(じゃあどこでもドアで連れてくのも問題がありそうだが、これはギリギリセーフらしい)。
 置き去りにして行方不明になっているペガ、グリ、ドラコを思い、落ち込んでいるのび太に、ククルが、昔飼っていた狼が迷子になって戻ってきた話をして慰めるのは同じだが、旧作では狼は勝手に戻ってきたのに、新作ではククルの犬笛に反応したことになっている。この犬笛をのび太が受け取ったことが新作の次の展開の伏線になっている。

 再びギガゾンビに攫われたヒカリ族を救うため、トコヤミの宮を探す途中でのび太が遭難し、雪中で死にかけるのは同じだが、ここから展開が大きく変わる。
 旧作では、のび太を助けるのはマンモスに偽装したタイムパトロールで、ラーメンの汁を飲ませて(汁だけなのはなぜなんだ)、発信ボタンを渡すのだが、先述したとおり、新作ではその過程がまるまるカットされている。のび太を助けるのは、気絶しかけながらのび太が吹いた犬笛を聞きつけた、ペガ、グリ、ドラコの三匹なのである。
 旧作はこの後があっという間で、ギガゾンビに捕らえられたドラえもんたちを助けようと、トコヤミの宮に乗り込んだのび太だが、あっさり瓦礫の中に閉じ込められてしまう。そこで例のボタンを押してタイムパトロールが到着、事件解決という運びだ。

 ところが新作では、まずドラえもんとギガゾンビとの対決で、23世紀からの未来人であるギガゾンビが、22世紀のロボットであるドラえもんを圧倒する。ドラえもんの電磁ヤリは、「一世紀分の技術の差」で敗れる。
 捕らえられたドラえもんたちを、のび太がペガたちと助けに来るのは同じ。しかしそこでギガゾンビは、「完成させた」亜空間破壊装置を発動させてしまう。地上の神となれないのなら、いっそのことこの時空間そのものを破壊しようとするのだ。
 途方に暮れるドラえもんたち。しかし、解放されたククルが、プラズマ発生装置に飛びつき、渾身の力で装置を破壊する。激昂したギガゾンビは、再びドラえもんに向かおうとするが、ドラえもんはヤリをギガゾンビに投げつける。一世紀古い電磁ヤリなど役に立つかと防ごうとするギガゾンビだが、ヤリは見事にギガゾンビの眉間に当たり、仮面を割る。
 ドラえもんの投げたのは、ククルの持っていた本物の石ヤリだった。原始の力が科学技術を打ち破った瞬間であり、まさしく「日本」が誕生した瞬間だった。
 多くを語る必要はあるまい。これが、SFの、センス・オブ・ワンダーが発露した瞬間なのである。

 ドラミに連れられたタイムパトロールが到着するのはその直後だが、ここでもう一つ、藤子Fファンには嬉しいサービスがあった。旧作でのパトロール隊員は普通のおじさんだったが、今回駆けつけてくれた隊員は三人、あの『T・Pぼん』の、リーム、ぼん、ユミ子だったのだ。アニメに登場したのは1989年のテレビスペシャル以来、27年ぶり(字幕では「タイムパトロール隊員」表記)。
 藤子Fファンならご存じのとおり、本作のククルは後に日本最初の国王・ウンバホとなり、その直系の子孫が『チンプイ』のエリさまなのだが、今回、現代でのび太とエリさまが遭遇しないかとちょっと期待していた。残念ながらそれはなかったが、代わりに。リームたちとドラえもんたちの初顔合わせが実現したのである。リームの声は、89年版の佐久間レイに交わって久川綾。テレビシリーズでのゲスト出演はあるが、劇場版での出演は、旧シリーズを含めてもこれが初めて。ペガたちとの別れを惜しむのび太を優しく慰めていて好演、『T・Pぼん』をテレビシリーズ化してくれないかと期待させてしまうほど、ラストをしっかりと締めくくってくれた。

 声優、ということでは、新レギュラーキャストは既に旧キャストに全く遜色ない域にまで達している。今回悪役のギガゾンビは、大塚芳忠さんで、これは旧作の永井一郎さんより圧倒的に悪役していて素晴らしかった。永井さんは好きな役者さんではあるが、錯乱坊やら八宝斎やら下河辺博士みたいな素っ頓狂な役は合うが、純粋な悪役のギガゾンビは、演技プランも間違えているとしか思えないハズレっぷりで、旧作を観返すのが辛かったのは、永井さんの失敗している演技を聞くのが辛かったせいも大きい。笑い声一つ取っても、全然巨悪の凄味がないんだもの。
 旧作を観返すことはこれから先あまりないかもしれないが、新作は、もう一度、役者さんたちの名演を聴き返したい、そういう気にさせられる要素が、随所にあったのである。

 もちろん、作画演出、枚数だけでなく、レイアウト一つとっても、27年の間に技術は何十歩も進化していて、その奥行きのある空間処理は、「映画」をちゃんと見せられているという実感を覚えさせてくれる。
 『ドラえもん』を舐めてはいけない。頭でっかちな実写映画を連発して客離れを起こしている邦画の中にあって、長編アニメの中でも毎年確実に高品質の映画を提供している点では、シンエイ動画が擁する『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』の二本柱は、確実に邦画を根底から支えているのである。
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