http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16401 (写真入り記事)
この時期、多くの子どもたちが受験します。
最近では、中高一貫校も流行っているので、中学受験も珍しくありませんし、高校はほとんどの人が受験すると思います。大学も多くの人が受験します。
東京大学を始め、国立の大学や私立でも有名な大学を目指す人が多く居ます。理由は、より高いレベルを目指すからです。
その大学を出れば、就職もスムーズだし、より高い地位に就けるし、その後の人生が安泰だと考えるからでしょう。
しかし、レベルの高い大学を卒業し、高い地位に就いた後のことが大切です。「それで何がしたいのか?」が問われなければなりません。
ただ偉くなりたいとか、ただお金持ちになりたいというような、本来目的ではなく、結果に過ぎないことを目的としてしまうことがあります。
聖書は、「神の賜物と召命とは変わることがありません。」(ローマ11:29)とあります。
神は、一人ひとりに賜物と召命を与えられます。そして、その「賜物と召命は変わらない」と断言します。
召命とは、狭義的には、神に自分自身を献身して、キリスト教の司祭、牧師、宣教師などの使命が与えられることを意味します。
しかし、広義的には、キリスト教の聖職に限らず、神の導きによって就くすべての天職を指します。
私は、20歳の時、神から「牧師になるように」という召命が与えられました。これは、私の天職であり、神から私に与えられた使命(ミッション)です。
しかし、みなさんにも、それぞれ違った召命が与えられています。
大切なことは、それぞれの召命には違いがありますが、優劣はありません。これを忘れないで下さい。
優劣があると考えるから、より高い大学、より尊敬される職種、より高い地位を目指すのではないでしょうか。もちろんそれは素晴らしいことであり、何一つ間違っては居ません。
しかし、それが神から与えられた召命にお応えするプロセスであるならばベストですが、召命から外れているならば、的外れです。
私は、20歳の時にスカウトされて、歌手になる道を目指していた時期があります。音楽の特訓を受けるか?音楽大学に入学するか?迷っていました。
そんなある日、神様からもスカウトされました。
不思議ですが、歌手になることも純粋な動機でした。歌を通して、神様の素晴らしさを伝えたいと考えていました。
しかし、神様からスカウトされたら、そちらにお応えしなければなりません。
もちろん、断る自由はありますが、「神の賜物と召命とは変わることがありません」ので、他の道を目指したとしても遠回りでしかありません。
その年私は、神様に従うことを決断しました。
まずは、育ててくれた親に相談しました。両親はその決断を賛成してくれました。
次に、教会の牧師に相談しました。牧師も、全面的に賛成し、推薦文を書いてくれました。
私には、どうなるのかはまったく想像が出来ませんでした。しかし、神が召して下さったならば、賜物がセットとして与えられます。
賜物とは、召命を果たすための能力です。
ある場合は、現時点では賜物がはっきりあらわれていない場合もありますが、勉強し、訓練する過程の中で磨かれて、賜物があらわれる場合もあります。
私の場合は、荒削りではあったと思いますが、牧師の働きをするための賜物があると人々の目にも映っていたのだと思います。そうでなければ、反対されたと思います。
「あなたには、もっと違う道があると思うよ。」と善意で忠告してくれたに違いありません。
その時から私は、音楽を学ぶことをやめて、神学教育を17年間受けました。
通常の神学校は、3年、もしくは4年課程です。17年も勉強しなければ牧師になれない訳ではありません。しかし、勉強が好きだったし、次々に学ぶべき神学校に導かれました。
私にとっては、音大を目指したり、東大を目指す理由はありません。もちろん、学んだら何かに役に立ちますが、無駄であり、暇つぶしです。
だから、まずは、自分に与えられた召命は何かを問うことからはじめなくてはいけません。
ある神学校の教授がこう語りました。
「2つのあってはならないことがある。1つ目は、牧師に召されていないのに神学校に入学すること。2つ目は、牧師に召されているのに神学校に入学しないことである。」と。
2つとも、つらい人生を生きることになります。
牧師に召されていない人が職業として牧師になるとしたら、大変な苦労をします。しかも、報われとは限りません。
牧師に召されている人が、他の道に進むとしたら、きっと、何をやっても意義や意味を見出せないと思います。
どうぞ、子育てをしている人は、子どもさんの受験を考える上で、どんな職種に向いているかを神に祈りながら見極めて下さい。
ぜひ、親の願望を押し付けないで下さい。
何より、自分自身の召命はわかっていますか? 召命だと確信する道に歩んでいますか?
今からでも遅くありません。もし反れていることに気づいたとしたら、神に祈り、人に相談するなどして、慎重に見極め、召命だと確信する道に進路変更して下さい。
今年は、子どもたちの受験はありませんでしたが、来年は長男の受験です。
今から、息子の召命は何かを神に祈り求めています。
召命を知り、その道を目指し、天職として生きることが一番の幸せですし、社会貢献にもつながります。
召命を知ったら、次は、どんな学校に進学するべきかが見えて来ると思います。
一生懸命勉強し、努力をし、神から与えられた召命を全うしてまいりましょう。
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