東海道五十三次の宿場の掛川の宿と次の袋井の宿の間に
間(アイノ)宿があり、原川の宿といった。現在のJR「愛野駅」の
北に当たる松並木の残るあたりでしょうか。その当時の様子
を表す絵図があります。上記の「東街便覧図略」巻二です。
名前を「はら川の薬師餅」
大きめの餅の上に、小さな餅がのせてあり、お供え餅として
薬師様ならぬご本尊の麻見田如来に供えられたものです。
ここには宿屋はなく、小規模な宿場だった推定されるが、こ
この金西寺「はら川薬師」には参詣の旅人が絶え間ないと
描いている。上り下りの旅人たちが、長旅の疲れを救うあり
がたい尊像として信仰を集めたと思われる。
旅の無事を祈願するための習わしとして供えられた餅だ。
値段は一つ五文(約150円)で、売ってるお店は二軒並び
であったようだ。
旅人の様子や、店の様子が描かれている。画面中央にこ
ちら向きに立ち、朱色の盆に餅をのせた旅人が、これを捧て
薬師堂に向かうのを、店番の姥がこれを見送っている。
その左手には、大きな長持ちを担いできた二人の男が、休
みをとっている。後ろ向きの男は、銭差し(一文や四文の穴
にひもを通して一束にしたもの)を確認しているので、多分、
この二人も薬師餅を買うのだろう。
訳詩餅も耐えて久しくなったが、今でも時々、金西寺本堂に
薬師餅さながらの備え餅が上げられているという。
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