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2016年02月24日18:59

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「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【324】 2016/2/24(水) 懐かしい」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16384 (写真入り記事)

早いもので、今日は、娘の16歳の誕生日です。

私は、16歳の誕生日の日に、東京都品川区にある鮫洲試験場に行って、原付バイクの免許を取りました。

高校に通いながら、バイクの免許を生かしてそば屋の出前のバイトをはじめました。

休日になると、バイクに乗って奥多摩や箱根や秩父などに出かけました。

16歳になったのは、4人の子どもの中で一番上の子ですが、「もうそんな年になったんだ」と、時間の経過の早さを思い起こしながら、昔を振り返りました。

出かけた帰り道に、お菓子屋によってふ菓子を買って来ました。ふ菓子を食べながら、もっと昔のことを思い出しました。

自転車で2〜3分の距離にあった駄菓子屋に行っては、一本10円のふ菓子を買って食べたことを思い出します。

両親に、「駄菓子は体に悪いからそんなもの食べないで、もっといいものを買って食べなさい」と言われたものですが、駄菓子屋は、私に取ってパラダイスでした。

子ども用の小さなカップラーメンを買うと、店主がお湯を入れてくれて、フォークをフタに挿してくれました。小学一年生だった私は、熱くて、その場に落としてしまったことがあります。

店主は、「大丈夫だよ。弁償してあげるから」と言って、もう一度新しいラーメンにお湯を入れてくれました。

駄菓子屋の前には、2〜3人が座れる木製のベンチが置かれていました。そこに座りながらラーメンをすすり、チューブに入ったジュースを飲み、すもものアイスを食べました。

木製のベンチの横には、2〜3台のゲーム機が置いてあって、ルーレットや新幹線ゲームというのがあったのを思い出します。うまくいくと、10円でゲームをして、50円や100円券が出て来ました。

家に居ても、学校に行っても自由がなかったのに、駄菓子屋には自由があり、伸び伸びと遊んだことを思い出します。

子どもの頃、「早く大人になりたい!」といつも思っていました。大人になったら、自由に生きられると思ったからです。

大人になって、確かにいろいろな自由があります。しかし、自由には責任が伴います。

今から人生をやり直せるとしたら、「早く大人になりたい!」なんて考えずに、子ども時代をもっともっと楽しみ、もっともっと大切に生きたいと思います。

子ども時代を懐かしみ、「もっと大切に生きればよかった!」といのは、「私の人生はこれでよかった!」というのとは距離があります。

子ども時代を思い返せば、今を最高に生きていなかったんだと思います。

そんな私の人生の方向が大きく変わったのは18歳の時です。

自由を求めていた人生に行き詰ったのです。生きているのがつらく、死にたいと思いました。

そんな時、急に「聖書を読みたい!」と思いました。

聖書を読み進めるうちに、闇夜に星が輝くように、私の心の闇に神様の光が輝きました。

私が、「早く大人になりたい!」と考えている子どもの時には、「大人にさえなれば、自由に生きられる!」と、現実から目を背けていました。

その頃も聖書を読んだことがありますが、特に何も感じませんでした。興味もありませんでした。

しかし、人生に行き詰った18歳の時には、心が絶望し、暗闇に打ち震えていました。断崖絶壁に立たされているようでした。

その時の聖書は、砂漠を歩いて喉が死にそうなくらい渇いている時に、オアシスを見つけて生き返ったような気持ちでした。

「鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いています。」(詩篇42:1〜2)

今苦しんでいるのに、聖書に興味がない人は、まだ絶望し切っていなかったり、暗闇に打ち震えたり、断崖絶壁に立たされていないと思います。

人が絶望し、行き場を失い、断崖絶壁に立たされたら、ワラにでもすがりたいともがくか、真っ暗闇の中でイエス様という光を見出すに違いありません。

私の人生の中での一番の祝福は、人生に行き詰まり、絶望と暗闇を体験した時です。そうでなければ、中途半端に悩み、イエス様と出会うことは無かったからです。

私は、通常3つのポイントでクリスチャンになった体験談(証)をします。

�� イエス様に出会う前の私
�� イエス様と出会ったきっかけ
�� イエス様と出会った後の私

今日は、イエス様と出会う前の子ども時代のことを話しました。そして、イエス様と出会ったきっかけを話しました。最後は、イエス様と出会った後の私についてお話します。

ある人は、極端な話をする人が居ます。しかし、私は現実を話します。

極端な話をする人は、イエス様を信じたら、すべての悩みがなくなり、成功者になり、お金持ちになり、健康になり、よいことだけが起こるようになる、と話します。

私はそれを嘘とは言いませんが、イエス様を信じても悩みはあります。しかし、その悩みは、まったく質の違う悩みです。

イエス様を信じたら、幸せになり、希望に溢れ、心には喜びと平安があります。成功者になり、お金持ちになることもありますが、失敗することも、貧しくなることも、病気になることも、試練に遭い、問題を抱えることもあります。

永遠の命を頂き、死後の問題が解決したので、つらさ、恐れ、痛みから解放されました。

そして、「こうなれれば幸せになれる!」とは考えません。「神が共におられるので、今のままで最高に幸せだ!」と言えます。

仮に、私の人生が今晩終わったとしても、「私の人生はこれでよかった!」と言い切れます。

これが、誇張のない、イエス様と出会った後の私です。

子どもの頃に戻って、「私の人生これでよし!」という人生をやり直すことはで来ませんが、イエス様を信じたことによって、今も最高ですが、子どもの頃の私の人生も最高だった!と言えるようになりました。そして、未来はもっとよくなっていきます。

昔を思い返して、自己憐憫になることはありません。「あー、懐かしいなー」と思い、つい顔がほころびます。

人生は、長いようで短いです。

聖書は、「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。」(伝道の書12:1)と語ります。

あなたに取って若い日は今日です。そして、一番若い時は今です。

「神は言われます。『わたしは、恵みの時にあなたに答え、救いの日にあなたを助けた。』確かに、今は恵みの時、今は救いの日です。」(第二コリント6:2)

イエス様と出会うなら、人生は新しくなります。

人生は、どこからでもやり直しが可能です。イエス様と出会うなら、新しく生まれ変わることが出来ます。

あなたにとっての若い日に、このお方を信じませんか。信じている人は、もっと確信を持って信じませんか。

私は、天国が本当の古里だと思っています。品川区も懐かしいですが、イエス様と出会った時、懐かしいと思うのではないかと思います。その日を楽しみにしています。

「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。」(第一ペテロ1:8〜9)

一日お疲れさまでした。また明日お会いしましょう。

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