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2016年02月22日22:23

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ニュースを見ていて感じたこと。

ニュースを見ていて感じたこと。
福岡で、元暴力団員を雇用したらば、1人あたり最大72万円を給付される制度がはじまるそうだ。

ここで私見を。

暴力団員に『元』はありえない。
これが私の持論である。
私がなぜこの持論にたどり着いたのか?を整理する。

我が家、特に気骨な父は、頑として暴力団を嫌っていた。
奴らは金払いはいい場合もあるので、理屈っぽいケチなお客さんよりは、売り上げへの貢献度が高かった。
しかしこれらの輩に『トグロを巻かれる』と、一般のお客さんが怖がって寄り付かなくなる。
故に人気商売には関与してほしくはない連中なのだ。

一時的な売り上げのために、善良な常連さんを失うほど馬鹿な話しはない。

父が親方で経営者だった頃のエピソード。
『親方、お愛想』と言ったお客に父は『300万両』といつもの冗談でおどけたのだが、
酔っぱらっていたこのチンピラは、銅製の灰皿で父の頭を殴打する暴挙にでたのだ。

店にいらっしゃっていたご隠居さんが救急車と警察を呼び、大騒動となり
不名誉なことに、翌日のローカルなニュースでも取り上げられてしまい、小さな記事ではあったが新聞にも載ってしまった。

父も当時は若かったのか、大きな怪我にはならずに、2〜3日で店を再開したのだが、
例のチンピラが数人の手下を連れてやって来た。

その時は私も店にいて、さて?何がはじまるのか?
”戦々恐々”と見入っていた。

すると、そのチンピラは土下座をして、父に許しを請うた。
父は寛大な気持ちで許したが、そのチンピラは自分から『出入り禁止』を申し出た。

これには何か筋書きがあるぞ?!と思った。

後日わかったこと。
いつも綺麗なお姉さんたちを連れ立ってやって来ては、私や従業員に必ず
多くの『小遣い』を置いて行かれる、気風の良いご隠居さんがいた。

当時のイメージだが、老舗の呉服屋の大旦那さんのような風情だった。
しかしその御仁は、地元では知らぬ人がいないと言われるほどの
任侠の大親分だったのだ。

人を外見で判断してはいけない。と言う戒めの典型例だと思った。
そして例のチンピラの行状がこの親分の耳に入り、判りやすく表現すれば、
『破門』すれすれの裁定が下ったのだった。

優男のおじさんが、実は裏社会の顔役。
何だか東映あたりの任侠映画のストーリーのようだが、この一件を境に、我が店には
不届き者の来店は皆無となった。

やくざを利用したような『後味の悪い』結末だったが、数日後に
この大親分が店の休憩時間に、昔の火消しが使う『まとい』を持って、
更なる『お詫び』にやって来た。

この時には、父も親分も多くは語らなかったのだが、男同士の目と目で
お互いに何かを悟ったのだった。

我が父は、県内の漁村で育ち若くして塩釜のとある寿司屋に勤めた。
それから幾年かが過ぎた。

たまたま仙台でも人気のある、しかも歴史もある老舗の寿司屋の大旦那さんに
見染められ、この仙台の老舗店にコンバートされた。

そこで母と出会い、交際がはじまった。
現在でも場合によっては厳しい社内恋愛だが、この店も当然の如く厳格なルールがあったそうだ。

しかし、両親ともクビになるどころか 親方公認で屋号の一文字を頂戴し、
正式に暖簾分けを頂いた。

独立した当初は、金銭的にひっ迫していたこともあり、現在ではあり得ない
屋台の寿司屋を営んだ。

ちょうど映画や漫画の『三丁目の夕日』の頃の世界観だ。

父だけではなく母も一緒に頑張ったのだろう。
ちょうど姉を妊娠したタイミングで、元の親方からのご厚意により
念願の店を持てたのだ。

場所は仙台でも指折りの繁華街、一番町の三越の真ん前だった。
しかも銀行の融資などはこの親方が進んで保証人になってくださったそうだ。

現代では考えられない、人生のステップアップがあったのだが、
こういったことを、先の大親分さんは知っていたそうだ。
そういったバックグラウンドを土俵に、これらの人々に守られながら成長したのだった。

金銭的な所謂、『みかじめ料』などを払わずとも、例の『まとい』が『お守り』がわりとなったのだ。
後年知ったのだが、その筋の人間が見ればこの『まとい』はその地域の顔役が
何らかの形で介在している、という『暗示』なのだ。

やくざと呼ばれる人々と、
暴力団員との間には、理屈では理解しがたいが明確な違いがあると思う。

もうひとつ、今度は私が店主になった頃に起こったエピソードを記する。

ある日、出前から戻ると 見覚えのあるお客がいた。
私がかつて勤めた寿司屋を乗っ取った張本人だった。

本人は民族運動者(右翼)であって暴力団組長ではない、と言い張っていたが
短気ですぐに悶着を起こすこの男が大嫌いだった。

案の定、やれワインはないのか などと暴れだし、他のお客さんにも悪影響を出しそうだったので、この時は警察を介入した。

そういったエピソードの上に我が人生が続いている。

こういった反社会勢力の連中とは全く付き合いのない私であるが、
第三者的な立場ではあるが、上記の『暴力団員を雇用したらば、給付金を与える』ということには賛成できない。

途中に記したことへのアンサーだが、やくざは改心して足を洗うことはあり得る。
しかし暴力団員は、極端な例えだが 死ぬまで暴力団員なのだ。

他人へのレッテル張りは決して良いことではないが、これは私が体感した真実である。

都合の良い時に、足を洗いました。
今は善良な一般人です。 などとのたまわっても、一皮剥けば牙を研ぎ澄ましている連中なのだ。

中途半端に途中で『元』を名乗るぐらいならば、最初から暴力団員になどならない
強い信念を持つべきだと思う。









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