http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16369 (写真入り記事)
私は1人しかいないのに、やらなければならない仕事に加え、やるべき仕事、やった方がいい仕事、やりたい仕事などを加えたら、いくらでも仕事はあります。
昔から、「仕事」といえば免罪符なくらい、力があります。
「あなた、結婚記念日なんだから今日は早く帰ってきてね」と、奥さんが見送る時に旦那さんに言いました。
旦那さんは、「今日は無理だ!残業があるんだから!」と返事が来ました。それ以上何もいえませんでした。
気の優しい旦那さんなら、「お前ごめんな。今度必ず埋め合わせするから・・・」というかも知れませんが、「仕事」と言ったら、それ以上何も言えないものです。
時々しか来ない教会員に、牧師が言いました。「礼拝に毎週休まずに来て下さい。」
「先生、仕事なんです・・・。」
もちろん、それ以上何もいえないわけではありませんが、力のある言葉です。
私自身の経験からいうと、同じ「仕事」という言葉を使っても、優先順位の高い仕事と少し優先順位の低い仕事があります。
それは仕方がないことです。自分が2人居るわけではないからです。
私は、次のように優先順位をつけています。
1、 神様
2、 家族
3、 教会
4、 教会外の仕事(出前牧師、外部奉仕、冠婚葬祭司式)、インターネットでの投稿やメール返信
5、 教会外の超教派のボランティアの仕事、地域のボランティア活動
6、 自分の用事
7、 趣味、家族との余暇
みなさんは、仕事にどんな優先順位をつけていますか?
優先順位を正確につけているなら、あとは、それに従って仕事をしたら、ほとんどがスムーズにいきます。
ただ、時々、同じくらい優先順位の高い用事が二つ以上重なることがあります。
そんな時は、神様に祈り、神様に聞きます。このプロセスがとても大切です。
また、機械的に優先順位に従って仕事をしていたら、4番の「教会外の仕事(出前牧師、外部奉仕、冠婚葬祭司式)、インターネットでの投稿やメール返信」や、5番の「教会外の超教派のボランティアの仕事、地域のボランティア活動」などはほとんどできなくなってしまいます。
そこで、1番〜3番の中でも、どうしても重要なこと以外は、一時棚上げして、時間のある時に回したり、時間をずらしたりします。
最近、仕事がとてもたくさんあるのに、以前より心にゆとりがあります。
なぜだろう?と考えてみました。
それは、前述したように、本当に大切な、しなければいけないこと以外は、棚上げして後回しにしたり、時間をずらしたりしているからだと思います。
本当にやらなければいけないことは、そう多くはありません。
やりたいこととやらなければいけないことを混同している場合があります。ほかの人に任せられるものは、思い切って他の人に任せてみると、本当に楽です。
明日と明後日は、丸々、外に出かけっぱなしなので、実質、今日中に仕事が終えなければいけませんでした。
とにかく、重要な順番に、集中して仕事をしました。
気分転換以外は、ネット閲覧したり、仕事以外のことに時間を割きませんでした。
私は、ここ2〜3年、インターネットで投稿する作業の優先順位を思い切って4番目まで上げました。だから、一日に二度、投稿を続けることが出来ています。
しかし、投稿を終えたら、SNSをチラチラ見たり、何度もメールを確認したりしません。これを投稿と切り分けたことで、必要以上にネットに時間を食われることがなくなりました。
油断をしていると、facebookのスレッドで何十ものコメントを頂いて返信していないという状態になることがあります。そうならないように、仕事が終わったら、一気に返信します。
ここで、やっつけでコメントをしたり、メールの返信をしないようにしています。やっつけではなく、その時のフィーリングを大切にして、コメントも、メール返信もします。私にとっては、文章というより、言葉なのです。
心と心を通わせることを大切にしているからです。
時々、コメントやメールの返信が遅くなってしまうことがあります。
その時は、仕事が忙しい時です。時間があれば、その場で、その時のフィーリングで必ず返信をします。
「遅いなー」と感じたら、「今忙しいんだな!?」と理解して頂けたら感謝です。
神様が、私に優先順位を導いて下さって、時間を有効に仕えるようにして下さっています。
私にとってインターネットは、4番目の優先順位としています。これは、仕事の次であり、優先順位の上位に置いています。
この文章を読んで下さるみなさんとの時間を大切にしています。可能な限り、みなさんとゆっくり心を通わせたいと思っています。
ただ、仕事を優先しないと、すべてが悪循環になり、ネットに時間を割くことができなくなるので、ネットに時間が割けるように、やらなければいけないことを、一気に、集中的に行うようにしています。
結果、心にゆとりが生まれ、ネットでみなさんと心通わす時間が与えられています。
ところで、「人を愛する」とは、どういうことでしょう?
私は、時間を使い、共に過ごすことだと思います。
人は愛する人のために時間を使い、共に過ごすと思います。だから、愛していない人のために時間を使ったり、共に過ごすことをしないのではないかと思います。
ある日、親しい友人に恋人が出来ました。彼は、とても付き合いのいい友達でした。しかし、恋人が出来た途端、恋人との時間を最優先するようになり、私との時間を半分削られました。
寂しかったですが、仕方ないことです。友人は、恋人を一番愛していたのです。しばらくして結婚をし、家庭を築くようになりました。
結婚する理由は、この人と一生一緒に過ごしたいと考えるからです。その人を一番愛しているのです。
時間の積み重ねが人生であり、一生であり、命です。二度と戻って来ないその時間を使うことは、愛することです。
大切な時間を誰と過ごすのか?
その人の時間の使い方を見たら、一目瞭然です。
私は、神様との時間を一番大切にしています。そして、それと同じように、家族との時間を大切にしています。
そして、みなさんとの時間を大切にしています。
みなさんは大切な人です。いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
一日お疲れさまでした。
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