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2016年02月15日16:21

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ポイズン

これは悲観な嘆きとかじゃなくて、ただ吐き出しというか綴りなのだけれど


やっぱり心が負けそうになるわ
人がふいに怖くなって、塞ぎ込みたくなる

腕で頭を覆い全てが怖くなる

生まれつき心の部分がむき出しで生まれた、だからスースー風が当たるし、人に何かされても言われても肉を通さずに直撃する


俺の場合「不安定と元気の共存」が常にある、自分でも嫌になる特質体質

だからよくこの世の終わりだのテンションで苦しんでた翌日にはもう元気なつぶやきをしているのもこの為
確かにそのどちらも確かな絶望感と確かな希望を感じてる、だけど「よく交互にマックスで来られる」それだけなんだ
来る時は必ずどちらもマックス。ちょうどいいのが来ない



また今日は昼夜逆転だ、金縛りに調子を狂わされて最近は昼過ぎまで寝ているほどズレている
そうなるとやる気を出して日常を過ごすのが馬鹿らしくなって益々うなだれる、最悪の悪循環だ


そしてそこまで落ちてしまうともう立て直すのも馬鹿らしいし立て直す程の精神力がないし余裕がない中立て直そうと奮闘している自分に最高にイライラし嫌になり余計に負担かかった状態でヤケクソになり投げ出す。悪循環は止まらない


何かと余裕がない
人間余裕がない事は一番辛い事かもしれない
余裕がある時とない時では物の見方がまるで違うし落ち着いて堂々としていられる、冷静にもなる

でも、余裕がないからといって人に強く当たってはいけないし迷惑もかけてはいけない


自分は心変わりが激しすぎるのか、色んな事を嘆くからこうした日記に統一性がない、バラエティにデタラメにに色々嘆く
でもどんどん新しい事を思っていって前に思っていた事を次々捨てていってる訳ではない、全て無くさずに持ったままグルグルとグニャグニャ変わっていってるだけ
だから頭がおかしくなるほど大変なのだと思う


という事でほんとに滅茶苦茶に色々吐き出していく


自分はずっと、やることなすことを母親に文句を言われ続けてきたので、染み付いている
こうして一人で暮らしていても、常に家族がそこに居るんじゃないかと、そして脳内で家族の文句が聞こえてくる
ティッシュを手に取ったら「ティッシュ使いすぎなんじゃないの」
皿洗いしてたら「ちょっと時間かかりすぎじゃないの」
おやつ買ってきたら「アンタちょっと贅沢し過ぎじゃないの、うっわこんなの買って…」
と、何をするんでもいちいち文句が脳内にこだまする

一応病気の症状じゃなくて(ある意味そうかもしれんが)トラウマみたいなものだと思う

杏のドラマで死んだお母さんがたまに口を挟んできて(小言を)杏がそれに葛藤するって描写があったけど、それみたいな


常に家族に見られてるような、そして文句を言われてるような気がして、全く一人で過ごしてる気がしない



またバラエティ


自分は食べるのが遅い、15人で食事したとしたら14人を数分以上待たせる事になるほど遅い
味わって噛んで食べてるだけなんだけれどね

だから人と食事はもう二度と出来ない

遅いというだけではなく、食べて口を動かしてる自分の顔を人に見られたくないのもあるからだ

視線恐怖症は一生治らない


咀嚼中は自分自身も目のやりどころが分からない
ずっと弁当に目をやる→ X
ずっと真ん前を見る→X
あたりをキョロキョロする→X
うーん。自然な食事が出来ない



そんな訳で人と食事どころか、一人でいいとこの外食も行けない
せいぜい気楽に適当に食える軽食屋か、頑張ってファミレス


テレビを見るとグルメが好きなだけ食えるタレント様が、自慢の店を公開しているのをやるけど、羨まし過ぎるやろ
ファミレスや軽食屋ではけして食えないグルメが・・・


足湯に興味がある→人が

水の生き物好きだし水族館見たい→人が

自転車でスイスイ長旅→人が

美味しい店に美味しい物を食べに→人が

スーパーで買い物に→ヒトが

公園でのんびにしに行こう→HITOが




どこにでも人が居る、何か問題があるとすれば人が居る所が嫌だと思う俺の心だ



例えば世界の絶景
氷の世界、オーロラ、絶壁、果てしない景色に出会ってもそこに他の観光客が少しでも居れば、気が散って景色を楽しめない



そう、俺の心がおかCからだ





自分の中に色んな物がマックスで共存している
あらゆる好奇心、欲求、興味、楽しみ
変わる事がない死の願望。



例えばこんな人間が居たとする
「健常者、30歳。それとなく仕事はしていて食べられ、普通に生活し、趣味や楽しみはお酒とスポーツくらいで、テレビを見ても好きなタレントは一人二人しか居ない、だから休日はたまに時間が余る事があるほど気楽に過ごし、また低給料だが過酷労働でなくストレスもさほどない会社で働く、また休日を気楽に過ごす」


ある意味こんな人間が羨ましく感じる時がある
そう、無趣味な人間が羨ましい
自分がこんなに世の中で生きずらく感じるのはもしかしたら欲が有りすぎるからだと思う

欲が少なければもっと楽に生きていけるのに、と常々思う



やはり、欲を出す暇がないほど真面目に仕事をすればバランスの取れた人生が出来るのだろうか



仕事をするという事は・・・・・・

こんな俺でも分かる事が幾つかある・・・




必ず納得がいかない場面、耐え難い場面が無数に存在する



職場の人間関係、コミュニケーショナル、信用、我慢、駄目な人の連帯責任、逆に自分が人にかけてしまう迷惑、負担、とばっちり諸々。理不尽、いじめ、性差別、差別、故意によるパワハラ、どうにもならない出来事、現状、すれ違い、嫌味、性格に関係なく求められるパッション、明るさ、スキル、最低限のまともな健常者ほどの人格、佇まい、自己管理、しっかりとした意識。

自分にはハキハキとした挨拶を強く言われるのにフラフラ入って来たバイト学生のだらしないトーンの「おはようございま〜す」は何も言われないのは何で?




またいきなりバラエティ



食糧の調達がたまに嫌んなる、嫌になってくる・・・・・・
買ってきてはやがて無くなる、また買ってきてはやがて無くなる、この繰り返し、冷凍食品やカップ麺など保存のきく物であっても例外ではない 「やがては無くなる」という点では一緒だ

せっかく買ってきた食料が日に日に無くなっていくのが怖い、よく食べるもせいもあるから減るスピードが早い事もあるのだけど、、食物って儚いよ・・・

冷凍食品やカップ麺なども例えば買い溜めても、五日間持ったとしても、現実には五日間ももってるのに気持ちの感覚では「あら、もう切れちゃった・・・また買わなきゃ、はぁ」となる、体感時間の問題

「お菓子いっぱい買い込んじゃった、えへへこれで5、6日以上は食べられるぞ、沢山あるからってすぐ食べずに大事に食べよう、うん大事にいきますm(__)m」



三日後「・・・・・・。」
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コメント

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