たーまたまエジプトの死後の世界の動画がyoutube でヒットしてしまったので、何となく見てしまったんだけど、エジプトの進行っていうのは太陽神をあがめるって話で、太陽がないとこの世は終わるとされてきました。
と言う説明があったけど、まー今だってそうだろうなあ。と案外馬鹿にできないものだと思いますよ。
まぁ、今は地下資源で何とかなると思ってる人もいるかもしれないけど、太陽がないとダメでしょう。
で、エジプト文明は、それはそれでかなり長い時期続いてたみたいですよね。具体的には紀元前3000年頃に始まった第1王朝から紀元前332年にアレクサンドロス大王によって滅ぼされるまでの時代を指す。らしいですね。どういう感じで時間が流れたんだろうか。
一方日本と言う国は、日本の歴史は、日本列島における歴史と同一視される。しかし、厳密な「日本」の成立は、国号にあるように7世紀後期であり、それまでは「倭国」と呼び記されていた。この倭国がどのような地理的範囲あるいは系統的範囲をもつ集団であるかについては史料に明確にされておらず、多くの学術上の仮説が提出されている。倭国と日本国との関係は諸説あり、「日本の歴史」と「日本列島の歴史」とを明確に区別して捉えるべきとする考えも示されている・・と言うことだそうで、今の日本らしさが始まるのは正直明治ぐらいからだと思いますけど、何千年も持たないと思うんですよね。
ってことは、エジプト文明は今の科学技術みたいなものとは違うかもしれないけど、ある程度イイ具合に人間を養っていたのでは・・とふと考えたのですが、なんで終わってしまったのか。
エジプト王朝滅亡の謎
http://poyoland.jugem.jp/?eid=342
気候変動が原因なんですかね。
エジプトの話はないですがこれが面白かった。
文明が滅亡する理由〜複雑化 Vs 知能〜 - ベネディクト地球歴史館
http://benedict.co.jp/smalltalk/talk-279/
から抜粋。
「「大干ばつ→水不足→トウモロコシの収穫量激減→食糧不足」
ここまでは想定内。
ところが、食糧不足がマヤの問題を複雑にした。食糧不足が続けば、民衆の不満が高まり、暴動や反乱が起こりやすくなる。さらに、限られた食糧資源をめぐって、地域間の戦争も頻発するだろう。つまり、事の発端は「水不足」だったが、そこから様々な問題が派生し、からみ合って、問題が複雑化したのである。
こうして、マヤ文明は、「問題の複雑さ > 問題解決能力」が起こり、レベッカ・コスタの言う「認知閾」を超えたのである。
それで、マヤ人は国を捨てた?
その前に ・・・
恐ろしい儀式が行われたのである。
マヤの地下深くに掘られたトンネルや空間に、その証拠が見つかっている。手足を切断された若い女性や幼児の人骨。中には拷問をうけたものもある。
ということで、その儀式というのは ・・・ 生贄(いけにえ)。
ただし、生贄になったのはほとんどが戦争捕虜だったのだが。じつは、マヤが戦争を頻繁に行ったのは、生贄を確保するためという説もある。
それはさておき、水不足を解決するため、殺人の儀式!?
未開の野蛮人ならいざ知らず、高度な天文学と数学を修得したマヤ人が?
ありえない ・・・
ところが、それが「人間」というものなのだ。」
今まさに日本がそういった国になりつつある。
そんな馬鹿な。と思うでしょうけど、子供は科学技術、医療、毒のある廃棄物が入った食べ物を食べさせられ捨てられる・・まさしく生贄。
国家は戦争を始めようとしている。
何を言ってるんだろうと思うのだが、そういう教義があるようだ。
戦争がなければ、人類は文明をここまで進歩させることができませんでしたか??
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11128295466 #知恵袋_
なんだか恐ろしい。
なんか似たようなことを自民党の女性議員が言っていた気がしたけど、記事を探すことが出来ませんでした。
ご存じの方良かったら教えて下さい。
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