東京も雪が降ったねぇ。
暖冬だなんて言ってたけど、冬は冬だもんな。
まぁ、冬らしくていいけど、寒いのは嫌だよね。
とは言え、心まで凍てつく東京砂漠に雪が降る訳ですよ。
熱燗でも飲まないと僕は死んじゃうかもね。
さ、用事を切り上げたら行きますか、あの小料理屋にね。
「おかえり、フフン。」
妙に女将さんがご機嫌だ。
「どうしたの?女将さん、雪が降るってんでおかしくなっちゃった?」
「違うわよ、フフン。あのね。」
そう言うと、女将さんは雑誌のページを僕に見せた。
ワイルドホッグス、20年ぶりに遂に復活。
俺が学生の頃大人気だったロックバンドだ。
僕でも知ってるぐらい有名なバンドだけど、まさか女将さん、ファンだったのかね?
「もうねぇ、私ファンクラブに入って追っかけやるぐらい好きだったのよ。再結成なんか無いって思ってたわ。ギターの人の大ファンでさぁ。」
へぇ、女将さんの意外な過去だね。
と言うかギターの人、背が大きくてホネホネした感じ。
レザーパンツがよく似合ってる、いかにもロケンローな感じ。
その後も女将さんの話は身振り手振りを加えながら楽しそうに続く。
こう言うタイプの男が好きだったのね。
ちょっと意外。
雑誌をめくりながら、熱燗を舐めてみる。
「全国ツアー、なんてやるんだ。凄い勢いで復活するね。」
「もう、行かなくちゃよね!何だかワクワクするわ。」
和風姿で右腕をぐるんぐるん回しながら、ギターを弾く真似をする女将さん。
ハハハ、よっぽど嬉しいんだねぇ。
ギタリストに心を奪われてるのは若干シャクではあるけれど、女将さんが楽しそうにしてるのを見るのはやっぱり楽しい。
「それはそうと、豚汁食べる?」
「お、良いねぇ。」
「こう言う寒い夜は、豚汁食べるとあったまるわよね。」
出てきたのは、具沢山の豚汁。
ほこほことしたジャガイモが、いかにも温かくなりそうな見てくれである。
「きっとあなたは、豚汁が食べたいだろうと思ったのよ。」
流石です、女将さん。
僕が欲しいものをジャストで出してくる。
「よく分かったねぇ、まさにこう言うのが食べたかったんだよ。」
「ロックバンドだって、長い事やってれば阿吽の呼吸でジャストな音を出すんですもん、私だって、ね。」
「ほう、ロック魂で豚汁が出てきた訳だね。」
「フフフ、私達だってロックバンドみたいなもんですもん。」
「ほう、ロックバンド?」
すると、女将さんは熱燗のお代わりを出しながら言った。
「ええ、お互いにお互いのパートを支え合ってお互いを引き立ててるわ、私達も。」
そう言って笑う女将さんが、まるでロックスターのように見えた夜であった。
ログインしてコメントを確認・投稿する