http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16284 (写真入り記事)
一年365日、一日として無駄な一日はありません。毎日がエキサイティングです。
しかし、特に幸せを感じ、充実している日は日曜日です。
今日の日曜日も良い一日を過ごすことができました。
神を礼拝し、神に賛美と祈りを捧げ、教会員のみなさんと交わりをすることにこの上ない喜びを感じます。
私は牧師にさせて頂いて本当に幸せを感じます。
ただ、職業に優劣があるとは思いません。
牧師は聖職者と言われます。神からの崇高な召しを受けて、神に仕えます。しかし、それは牧師に限ったことではありません。
神父も、司祭も・・・という意味ではなく、肉体労働も、頭脳労働も、誰もができない仕事も、誰でもできる仕事も、人が嫌がるような仕事も、人気のある仕事も、一切の優劣はなく、神からの聖職だと信じています。
私にとっては牧師が天職ですが、この文章を読まれた方には、その人にはその人だけの天職が与えられていると思います。
自分に与えられた仕事を天職と確信しておられるでしょうか?
天職と思えない場合、二種類の選択肢があります。
�� 実は天職であるにもかかわらず、他の職業と比較して自分の仕事を蔑んでいる。結果として、天職と受け止められていない。
�� 他に天職があるにもかかわらず、たまたまはじめた仕事を継続している。
�,任△襪覆蕕弌⊆�分の仕事に感謝をし、没頭することで他の職と比較することの馬鹿らしさを感じて、天職と確信できるようになります。
�△任△襪覆蕕弌⊆�分には他の天職があるとわかっているならば、天職に転職することをオススメします。
天職は、誰にでも与えられています。神は、その天職を通して、みなさん一人ひとりに喜びと充実感を与え、生活に必要な糧を与えて下さいます。
天職を知り、天職に就き、天職に集中して生きるならば、人生は幸福になるようにできています。
『ですから、私の愛する兄弟たちよ。堅く立って、動かされることなく、いつも主のわざに励みなさい。あなたがたは自分たちの労苦が、主にあってむだでないことを知っているのですから。』(第一コリント15:58)
素敵な一週間でありますように。
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