http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16276 (写真入り記事)
今日は、一日教会にこもって仕事をしました。劇的に仕事がはかどりました。集中できたからです。
昨日、ぎっくり腰の痛みがつらいので、鍼治療院に治療にいき、劇的に痛みが緩和しました。
しかし、今朝起きたら、今度は、違う場所が痛んでいました。
昨日治療を受けながら、マッサージをしたり、湿布を貼ったり、体を温めるためにお風呂に入ることは御法度であること、乾布摩擦をしたり、腰の痛い部分を手で擦るといいということを教えてもらいました。
先ほど、子供に頼んだら、下着の上から腰を摩ってくれました。そうすると、腰がポカポカして、血流がよくなったように感じます。痛みも大幅に緩和しました。
手で摩ってもらったことで、腰の痛みが緩和した理由は、物理的なものもあったと思いますが、手で優しく摩ってもらうことで、心が温まったことも原因の一つだと思います。
旧約聖書を代表する預言者に「エリヤ」という人がいます。彼は、とても偉大な働きをしました。たった一人で、850人の異教徒と対決し、勝利を収めた直後に、王妃イゼベルから、「一日以内にお前を殺す!」と脅かされました。
あんなに勇ましかったエリヤが、何と、女性の一言で震え上がり、燃え尽きてしまい、うつ病になってしまいました。恐ろしくなって、荒野に逃亡しました。
神は、エリヤの逃亡先に御使いを遣わして、優しく触れるようにさわって、パンと水を与えられました。
『彼がえにしだの木の下で横になって眠っていると、ひとりの御使いが彼にさわって、「起きて、食べなさい」と言った。』(第一列王記19:5)
神は、エリヤの心に寄り添い、だまって愚痴を聞き、慰められました。
エリヤの心は徐々にいやされていきました。そして、元気を取り戻していきました。
一日、腰の痛みで苦しみました。印刷をしているちょっとの間でも、イスに座らないとつらい状態でした。
しかし、腰を数分摩ってもらっただけで、腰と心がポカポカして、今もその温もりで温かいです。
使徒パウロは、『聖なる口づけをもって、互いにあいさつをかわしなさい。』(コリント第一16:20)と語りました。
これは西洋文化の中では、自然に行いますが、日本人同士だと抵抗があると思います。
以前、教会では、互いにハグをするという習慣を持っていましたが、抵抗を感じる人が一人いたことでその習慣をなくしました。不思議ですが、そういう人は程なくして来なくなります。
抵抗がある人がいなくなったので、再び、握手、ハグ等でお互いにあいさつを交わすこともできましたが、今では、機械的にするのではなく、相手との関係の中で、相手がそれを望んでいるのか? それを受け入れてくれるのか? を見極めて行なうようにしています。
外国の文化の中で広がったキリスト教の習慣では、互いに触れ合ってあいさつをすることが普通ですが、特に、心を開いていない人には抵抗があるものだと思います。
私は、ただ体で触れ合う以前に、言葉や表情で相手を無条件に受け入れ、笑顔を向けたり、温かい言葉をかけることが先だと思います。
見えない心の手や、優しい笑顔や温かい言葉という手で、相手の心にそっと触れることで、心が温もり、心が開かれていくと思います。その時に、握手を交わし、ハグをし、場合によっては、西洋人がするように聖なる口づけを交わすのもいいと思います。
今日、私の腰の痛みは悪化し、苦しい一日を過ごしましたが、数分腰を摩ってもらうことで、腰だけではなく、心が温かくなり、楽になりました。
互いに温め合うことは、心からスタートするものだと思います。
愛するとは、相手の存在を喜ぶことです。それは、祈りからはじまると思います。
私は、ネットで出会い、関わる一人ひとりのみなさんの顔を思い浮かべながら、「神様、〜さんを祝福して下さい。〜さんの問題を解決してあげて下さい。〜さんの病気や心の痛みをいやして下さい」と祈りながら文章を書く事がよくあります。
祈ることで私の心は温もりで満たされます。この温もりは神様の愛だと思います。
ネットを通して、直接体を触れ合うことはできませんが、神様がみなさんに触れて下さり、みなさんが温もりで満たされますようにお祈りをしています。
おやすみなさい。また明日お会いしましょう。
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