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2016年01月05日20:11

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映画の断層 ある事件について

人間はひとりひとり違う。ひとつの事象に対し視点が複数ある場合、まるっきり違うことなどよくあることである。

例えば、周到な調査と関係者への取材で『仁義なき戦い』を書ききった笠原和夫も、広島抗争のある事件では当事者同士の意見がまるっきり違うことを嘆いていた。あるものは死んでいった自分の子分をかばい、ある者は口を閉ざし、双方意見を違いにしている。

実際にあった事件を整理してひとつの作品にまとめるというのは並大抵のことではない。『日本のいちばん長い日』も半藤一利の原作を読んだ時、当時の事件の羅列であってルポタージュとしては正解だが物語を期待して読んだ自分は大いに落胆させられたことを憶えている。

そこである事件とそれにまつわる、というよりそれ自体を映画にした作品を取り上げたいと思う。

『北陸代理戦争』 監督 深作欣二  脚本 高田宏治  製作 東映

『仁義なき戦い』から始まる東映実録路線末期の作品で、深作欣二最後の「実録ヤクザ映画」である。福井にある山口組系3次団体のバックアップのもと、製作されたこの作品は、最終的にこの組長が親に当たる上部団体の組長からの指令によって射殺されるという衝撃的事件につながってしまった。深作がこれに衝撃を受けたのかどうか、いまとなっては知れないがこれより実録路線を撮っていない。
この『北陸代理戦争』事件を取り扱った本はまず伊藤彰彦『映画の奈落 北陸代理戦争事件』がある。脚本の高田宏治への取材に始まり、福井のヤクザ組織の状況、なぜ福井のヤクザの話を東映が映画化することになったのか、なぜ福井のヤクザの組長が自分の親分から恨みを買ったのか、そして映画の製作時のエピソードと事件の顛末を詳細に書ききっている。
もうひとつは春日太一『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』である。『北陸代理戦争』事件についてはそのなかの一節にあり、ダイジェスト風ではあるものの当事者、特に映画関係者への取材が主である。
ふたつの本の中での差異は、東映京都撮影所の名物警備員に対する描き方である。この名物警備員、もとは撮影所の進行係であり、さらに元をただせばヤクザである。背中には立派な彫り物もあったという。伊藤彰彦は彼を奈落に叩き込んだ張本人として冷ややかな目で見ているのに対し、春日太一は数ある功績のうちの唯一の傷として温かい目で見ている。
一つの事件に対しても、一人の人間に対しても、この二冊はほぼ正反対の印象を与える好例である。
人間はひとりひとり違う。一人の言うことを信じるのではなく、複数の人間の言うことを聞き取り、その中の共通項から真実にたどり着くのか、はたまたそれぞれのいうことを並列に取り扱い、真実など存在しないと諦めるか。私はそれを迷っている
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