「コンチキ号のコンチキショー」は、ベルギーの漫画『タンタン』に出てくるパドック船長の口癖だ(他にも「コンコンニャローのバーロー岬」っていうのもあるが…)。
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皆さま、明けましておめでとうございます。
それにしても、年始から「コンチキ号のコンチキショー」とはね…。
そして、このご時世の日本において、さしたる収入と定職もなく、社会保障制度による援護も期待できない状態で、その時の「勢い」のみでの結婚と子育てへの「船出」を(最低限でも年収350万円を保障してくれる定職が必須だ…)、、僕は「コン・ティキ号よりヒドい筏で、大洋へと漕ぎ出すようなものだ」と、例えている。
この言葉を口にした時に僕は考えた。
「そもそもコン・ティキ号での航海は、どのようなものだったのか?」
「確か、昔に読んだ本では、スコット隊長の悲劇とは違って、明るく描かれていたような…。」
そのような思いと問いが、本日、紹介する映画『コン・ティキ』(2012年・ノルウェー映画)を筆者にレンタルさせることとなった。
予告編
コン・ティキ号での冒険の「隊長」である人類学者にして探検家のトール・ヘイエルダールはノルウェーの生まれ。性格はというと、頑固で無鉄砲、無茶がどこまでも大好きな楽天家(シャックルトンも楽天主義者であった)!
一言でいうと、「ヤンチャ坊主が、そのまんま大人になった」学者であった。
そのような彼だから、「象牙の塔」内部での学内政治やアーカイヴに籠ることを苦手とすることが、すぐに察せられる。
また、ヘイエルダールはコン・ティキ号での実験の10年前にはポリネシア諸島にて、フィールドワークに勤しんでいた。もしかしたら「世の中、どこまで行っても牢屋だ(中島らも)」という近代社会に馴染めなかったからこそ、「冒険もできる」人類学者という職を選んだのかもしれない。
そのようなヤンチャな学者が、コン・ティキ号での漂流実験にて取り組んだ問いは、
「ポリネシア人は、何処から来たのか?」
であった。
その頃の学者・研究者たちの間での通説は、「ポリネシア人は、アジアから来た」というもの。
之に対してヘイエルダールは、「ポリネシア人は8,000キロ離れた南米大陸から、風と海流と共にやって来た。彼らは海を“障壁”とは捉えず、‘道’であると考えていた。」と唱え、学界への殴り込みを試みた。
彼の「世間における一般常識の誤りをただすのが、科学者の使命だ。」という台詞は、現代日本において支配的な「学問への信仰」に対するキツい一発となるだろう。
なお、考古学、そして、文化人類学の研究者の中には、
「学問とは、古代人との知恵比べだ」
「現地人や古代人に学ぼう。我々が現代科学の粋をひけらかしても“知ったかぶり”に終わるだけだ」
「科学技術を発展させることだけが、学問の使命ではない」
「科学機器から送られてくる数字を並べたてるだけで、人間が分かるのかね?」
と、考える者も、少なくない。
ヘイエルダールも、そのような方法論に惹かれたらしく、「ポリネシア人は、南米大陸から来た。風や海流などの条件を考えれば充分にできる」という彼の仮説を立証するために、バルサ材にマストと帆を張った船でのフィールドワークへ(←もともとは「畑仕事」という意味)、船出することになる。
ヘイエルダールを除いた「船員」は5名。「本物の」船員は1名のみで、あとは、冷蔵庫の販売員、元諜報員、無線技術に長けた元・対独レジスタンス、アマゾンに籠っていた文化人類学者であり、航海術に関してはアマチュアばかりである。
そしてコン・ティキ号は、バルサ材と古代でも手に入る材料によってのみ組み上げられた。
ただし、無線・航法装置は現代のものを用いているし、100余日に渡る航海中の食料は米軍の軍事糧食に頼っている。
しかし、動力面で「文明の利器」を借りたのは、出発地であるペルーのカヤオ港を離れる際にタグボートに曳航された時だけであり、頼りは風力と海流だけ。おまけに、当時の無線,救難技術では、遭難に見舞われたコン・ティキ号の乗員を救う方法は皆無であったといって良い。
したがって、ペルー海岸からポリネシア諸島を目指すコン・ティキ号の航海は、充分に命がけであり、冒険であった。
なお、100余日の航海のうち、生命の危機に直面したのは5日ほどであったという。
もっとも、冒険家の台詞には、次のようなものがある。
「危険なんて、最後の数100mだけで十分だ。」
ヘイエルダールは100余日の航海の後に、冨と名声を得(記録映像と航海記によるもの)、5人の船員たちも、それぞれ成功している。しかし、彼の唱えた学説を現代において支持する学者は少数だ。
その後のヘイエルダールは、「似たような」冒険を幾度か実行に移している。
やはり彼は、「冒険の伴う」研究方法を好む学者、いや、学者である前に冒険家であった人物であったのだろう。
フィールドワークを研究方法に選んだ筆者としては、どうも彼を「他人」とは思えないのである。
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