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2015年12月26日22:43

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脱グローバリゼーション    TPPはこの列島の“農業の形”を破壊する 大野和興

 日刊ベリタ記事の転載です。
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201512262124436





2015年12月26日21時24分掲載  印刷用

脱グローバリゼーション

TPPはこの列島の“農業の形”を破壊する 大野和興


 TPP(環太平洋経済戦略協定)閣僚会議は、10月5日、「TPP交渉は大筋合意に達した」と発表した。日本政府はこの「大筋合意」の推進役を果たしたと日本のマスメディアは伝えている。11月5日に安倍内閣は大筋合意の概要」なる日本語訳の文書を公表した。しかし、それは膨大な交渉内容のわずかでしかなく、全容は市民に隠されたままだ。だが、政府はこれのよってTPP交渉の内容を情報公開したとしている。TPP参加12カ国は国内でこの「合意」を受け入れ、TPPが発効するのかどうか、そうだとしても最終的にどのような条約が整うのか、今後の手順がどのように運ぶのか、何もわからないのが現段階だが、日本ではすでに条約が成立したかのような空気が安倍内閣によって作られ、マスメディアも同調して、論議はTPP発効後の「対策」に移っている。TPPの既成事実化が進行しているのである。

 それだけに今、TPPの本質にさかのぼって、TPPとは何かをみていくことはいっそう大事になった。TPPはマクロとミクロの視点から検証する必要がある。マクロの視点としては日米安保を軸とする日米同盟とTPPという視点と、憲法に生存権から見るTPP分析の二つの視角が重要になる。前者については季刊『変革のアソシエ』No8(2012年3月)の拙稿「経済と軍事の環としてのTPP」を、後者については『反改憲通信』(2015年11月27日)の拙稿を参照願いたい。ここではミクロの視点から、主として農と食という、人びとのいのちの再生産に直接かかわる分野で何が起こるかをみていくことにする。もちろんここでも憲法が定める生存権がどうなるかという問題につながる。

◆聖域とは何だったのか

 各地で政府が開催しているTPP大筋合意の説明会に出席した政府担当官はいずれも「TPP合意内容による影響はほとんどないか限定的である」と口をそろえる。しかし、その根拠の説明があやふやではっきりしないため、参加者は逆に疑心暗鬼をつのらせる。当然の話である。TPP交渉の「大筋合意」として発表された英文の正文は、本文だけで1000ページを超え、付属文書を入れると5000ページを超える。ニュージーランドや米国はこれをそのまま公表している。これに対して、日本政府が公表した「概要」は日本語で100ページに満たない簡単なものだった。日本政府にとって都合のよいことだけを抜き出しているのではないかという疑問がぬぐえない。しかし、政府発表の「概要」を見ただけでも、これらがそのまま通ったらこの先何が起こるか、計り知れないものがある。

 TPP農業交渉で常に問われるのは、国会で2013年4月に衆参院両院の農林水産委員会が与野党一致行われた決議である。「米、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などの農林水産物の重要品目について、引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること」「食の安全・安心及び食料の安定生産を損なわな いこと」などを内容とする国会決議は、TPP交渉における日本の聖域とされてきた。

 「国会決議」がいう重要5品目が「大筋合意」でどうなっているか、簡単にみておく。まずコメ。米豪に7・8万トンの輸入枠を設定するほか、WTOで設定された77万トンのミニマムアクセス米(輸入義務米)の中に日本食に合う中粒種・加工用米を米国枠として6万トン分提供。さらにコメ調整品・加工品は関税撤廃ないし削減。ムギは米・加・豪産小麦に25・3万トンの輸入枠新設するほか、マークアップを45%削減する。マークアップとは政府が国家貿易で輸入した小麦を国内実需者に売り渡し際に上乗せする金額で、政府管理経費と国産小麦生産振興対策費とからなる。牛肉は15年間で関税を現行の38・5%から9%に削減。豚肉は高級肉が10年で関税撤廃、安い部位については現行キロ当たり482円の関税を10年で50円にする。乳製品では、バターと脱脂粉乳で低関税輸入枠を新設し、ホエ―(乳清)とナチュラルチーズは関税撤廃。甘味資源では調製品の輸入枠新設、関税削減・撤廃が合意された。聖域とされた重要五品目で、軒並み輸入枠新設という形での輸入増と関税削減・撤廃が盛り込まれたことが分かる。

 この結果を「国会決議」に照らし合わせてみるとどうなるか。同決議がいう「除外」とは、「これらの品目を関税の撤廃・削減の対象としない」ことを意味する。また「再協議」とは、「扱いを将来の交渉に先送りする」ことをさしている。ちなみに、この決議では「10年を超える長期間の段階的な関税の削減又は撤廃も認めない」ことを打ち出している。どう見ても、決議が守られたとはいえないが、政府は「国会決議の趣旨は守った」と言い張っている。
 大筋合意の「概要」が公表されたとき、農業界がショックを受けたことは他にもある。野菜、果物、水産品、木材製品などが軒並み関税即時撤廃を含む大幅な自由化を飲まされていたことだった。野菜や果実は多くの品目が生鮮だけでなく冷凍、乾燥、果汁などすべてが関税即時撤廃の対象となっている。正直言って、ここまで影響が及ぶとは実は農業関係者は考えていなかった節がある。政府の対応もいい加減で、地方の説明会で関係者が野菜の関税撤廃の影響を尋ねたところ、政府担当者者は「中国が参加国ではないので、国内生産への影響はほとんどない」と答えたという話を聞いた。

◆農業は総合的なものである

 ではこの「大筋合意」のレベルで農業分野ではどれほどの影響が出るのか。鈴木宣弘東京大学教授が内閣府と同じGTAPモデルで計算したものがある。それによると、農林水産生産額はマイナス1兆円、食品加工生産額は1・5兆円のマイナスになるという結果が出た。こうした数字は政府の試算も含め、ここの産品ごとの数字を積み上げたものである。農業についてみると、個々の積み上げでは測れないマイナスが発生する。農業経営というのは総合的なものだからである。

 例えばコメ。2015年産生産者米価は大幅下落した昨年に比べると下げ止まっている。これは飼料米の制度が価格決定のメカニズムに織り込まれ、需給調整の機能を果たしたことが大きい。しかし、今回の「大筋合意」通りになると、肉牛、養豚、酪農経営は大きな打撃を受け、生産者は経営縮小や経営からに撤退を余儀なくされる可能性が大きい。TPPのひな型といわれる韓米FTA発効1年後の韓国農村を訪ねたことがある。米国からの牛肉輸入増を恐れた肉牛農家は母牛を安値で市場に出し、経営縮小に走っていた。今、韓国の肉牛飼養等数は減少を続け、牛肉価格は上昇を続けている。韓米FTAが発効した2012年の韓国の肉牛飼養頭数は306万頭。それが13年には292万頭になり、その後も減ってきている。もし、日本国内で同じことが起こると、肝心の実需者である畜産経営の減少で飼料米の持っていく先が縮小、制度そのものが成り立たなくなる。その結果は生産者米価の大幅下落となって表れる。

 例えば野菜。今、米どころのJAでTPPによるコメの価格下落の防ぐため、野菜生産に切り替えるところが出てきている。全国農協中央会が発行する『月刊JA』などをみていると、そうした方向で新しい地域農業を切り拓こうとしている事例が次々出てくる(例えば同誌2015年11月号には「複合経営で『食農立国』確立へ」というタイトルで、米価下落で畜産・園芸の力を注ぎ、小規模でも複合経営で生き残っていこうと努力している岩手県JAいわて中央農協の事例が出てくる)。ところが野菜は供給量が少し増えても価格は下落する特質がある。「大筋合意」では多くの野菜で現行3%の関税が即時撤廃される。3%安く入ることは低マージンで量で稼ぐ大手量販店にとっては極めて魅力的なので、野菜輸入量は当然増える。そこに国内でリスク分散で生産が増えた野菜が市場に流入したら、相場の下落や乱高下が激しくなることは必至だ。こうしたリスクに耐えられない野菜産地は消えるしかなくなり、JAなどによる地域農業再構築の努力も吹き飛んでしまう

 例えば加工品。「大筋合意」ではリンゴやミカンなど主要品目の果汁にかかる関税は撤廃される。自然条件に左右される農産物の場合、圃場でとれる収穫物は優品もあれば規格外のものもある。それが工業製品との違いなのだ。そして農家は、優品は市場に生で出し、見栄えがよくなかったり小さかったりするものは自家加工するか加工向け原料として出して、全体で所得を上げている。それが農業経営というのものなのである。その加工のところに安い輸入品が入ってくると、農家は加工向け市場を失ってしまう。これは農家が所得を得るための柱が一本なくなることを意味する。

 TPPがもたらすこうした将来見通しからわかることは、TPPはこの列島の農業と食料生産を支えてきた農業の形を壊してしまうということである。




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