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2015年12月24日20:22

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(短編小説) クリスマス・ツリー

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8年前のクリスマス・イヴに、私が書いた短編小説をお送り致します。





2015年12月24日(木)
クリスマス・イヴに。





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(以下・短編小説「クリスマス・ツリー」全文)






            クリスマス・ツリー



             第一集・第一話



                 1



 雪が降り始めて居た。その雪を見ながら、私は、遠い昔の事を考えて居た。子供の頃、今夜と同じ様に、クリスマス・イヴの夜、雪を見て居た事が有った。窓の外に降る雪を、クリスマス・イヴの夜、遅まで、見つめて居た事が有ったのである。その遠い夜の事を、私は、思ひ出して居た。
 時計は、8時を回って居た。消灯まで、1時間を切って居たが、病棟は、明かりがつけられたまま、クリスマス・イヴの夜を迎えて居た。
 そのクリスマス・イヴの病棟で、私は、夕食後の仕事で看護師の姿が見られないナース・ステーションに一人で座って居た。そして、そこから、ラウンジに有る大きな窓に目をやり、その大きな窓の外に降り続ける、夜の雪を見つめて居たのだった。



2007年12月24日(月)
クリスマス・イヴに

(1)
http://archives.mag2.com/0001068000/20091223144401000.html





               2



 白衣の中で、ピッチが鳴った。私は、白衣のポケットから、そのピッチを取り出した。そして、そこに表示された番号を見ると、その銀色のピッチの小さなスイッチを押した。
「佐藤です。」と答えると、銀色のピッチの向こうで、外科の田川医長の声がした。
「佐藤先生、お待たせしてすみません。」と、田川は言った。
「いえいえ、全然待ってはおりません。」と、私は答えた。
「今、すぐ行きますから。」と田川が言ったので、私は、「分かりました。」と言って、ピッチを切った。そうして、私は、再び、窓の外に降るクリスマス・イヴの雪を見つめた。雪は、先程と同じ様に、静かに、夜の世界に降り続けて居た。すると、その窓の右側に在るエレベーターの扉が静かに開いて、外科の田川が現れた。
「本当に、お待たせしてすみませんでした。」と言って、田川は、こちらに来た。そして、ナース・ステーションに入ると、私の前に来て、息を切らす様に言った。
「CT、御覧に成りました?」
「はい。」と、私は答えた。
「メタですよね?」
「そう思ひます。」そう言って、私は頷いた。「メタ」とは、転移と言ふ意味である。




               3



 田川は、ナース・ステーションの一隅に在るデスクトップのパソコンの前へと移動した。私も、田川と一緒に移動し、田川と並んで、そのパソコンの前に座った。田川は、テーブルの上でマウスを動かして、パソコンの画面に、その病棟に入院して居る、或る患者の頭のCT画像を出した。そこには、水平断面で撮られた一人の女性の頭の中の映像が、9枚、整然と並んで映し出されて居た。
「やっぱりメタ(転移)ですか。」と田川は、そのパソコンの画面を見つめて言った。
「ええ。」と、私は言った。そして、先程、一人で見たその患者の頭のCT写真を一緒にパソコンの画面を見ながら、(転移以外の何に見えるだろうか?)といぶかしんだ。もちろん、田川は、分かって居る筈である。すると、田川は、その私の心の中を読み取ったかの様に、パソコンの画面を見ながら言った。
「一目見て、もちろん、メタ(転移)だと思ったんですが、やっぱり、脳外科の先生に見て頂かなければと思って、おいで頂いたんですが、本当にお待たせしてすみませんでした。やっぱりメタですか。」そう言って、田川は、少し力の抜けた表情を浮かべた。
「全部で幾つ有りますかね。・・・造影はしなかったんですが、ここに映って居るだけで、三つは転移が有りますね。」田川は、そう言って、私の判断を求めた。
「そうですね。現に進行した乳癌の有る方で、脳にこう言ふ丸い病巣が幾つも現はれた訳ですから。そして、病巣の周囲には浮腫が有り、熱は無くて、心臓や肺に特別な病気は無いと言ふ事ですから、他の脳原発の腫瘍や脳膿瘍を強いて疑ふ理由は少いと思ひます。現時点では、乳癌の脳転移が最も疑はれると言ふ判断で誤りは無いと思ひますが。」私は、そう言って、パソコンのCT画面の隅に小さな数字で記されたその患者の生年月日を見た。
「49歳ですね。」
私は、その患者の年齢を確かめた。
「ええ。」と、田川は答えた。
その患者が、自分よりも若い事を、私は、先程、一人でこのCTを見た時、既に知って居た。だが、その明白な事をそうして主治医の田川に確かめると、思はず、小さな溜息をついた。そして、田川にこう言った。
「やれる事は、もちろん、点滴による減圧治療だけですが、患者さんにはどうお話されますか?」
「もう、午前中にこのCTをやった段階で、お話してあります。」
「そうですか。」
私は、そう言って、パソコンの画面から目を離した。
「告知なさって居るんですね?」
「はい。私の判断として、脳に乳癌が転移して居ると、既にお話してあります。そうして、午後に脳神経外科の佐藤先生が大学から戻って来るから、そうしたら、佐藤先生にも今日撮った頭のCTを見て頂いて、お話を伺ひましょうと、言っておいた訳です。」
「分かりました。」と言って、私はうなずいた。




               4



「患者さんを拝見しましょうか?」と、私は言った。
「はい。」と、田川は言った。
私達はパソコンの前の椅子から立ち上がり、カルテを持って、ナース・ステーションを出た。
「こっちです。」と、田川は、その患者の病室が在る方向を指差した。
私は、田川に導かれて、その乳癌患者が居る部屋へと向かった。消灯が近い一般外科病棟は概ね静かだった。それでも、病棟の廊下を歩くと、ナース・ステーションに近い部屋からは人工呼吸器の音が聞こえ、又、別の何処かの部屋では、ナースコールの音がしたりするのが聞こえた。そんな音を耳にしながら、私と田川は、たった今頭部CTをパソコンで見たその女性の居る病室に入った。
そこは、女性の四人部屋で、どの患者も、もう自分の周りにカーテンを引いて居た。田川は私の先を歩いて、その乳癌患者が居る左から二番目のカーテンの前に立つと、「こんばんは。」と言って、その患者の名を呼んだ。だが、そのカーテンの中から、患者の声は聞こえて来なかった。




               5



 田川は、「ごめんなさい。」と言って、カーテンの向こう側を覗いた。そして、私の方を振り返って、「おられませんね。」と言って、何処に居るのだろう?と言ふ顔をした。「ラウンジには居ませんでしたね。」と言って、田川は、考える顔をした。
「食堂かな?」
そう言って、田川は、食堂に行ってみましょう、と言ふ顔をした。




               6



 患者達の食堂は、エレベーターの向かいに有った。私達は、病室を出て、その食堂へと向かった。患者達の夕食はとうに終はり、テレビも消されて、食堂は静まり返って居たが、私達が探して居るその女性はそこに居るのではないかと思はれたのである。田川は、私の前を歩いて食堂に入ると、後ろの私を振り返って、「居ました。」と言った。




                7


 田川に続いて食堂に入った私は、しんとしたその食堂に、クリスマス・ツリーが在るのを目にした。そして、そのクリスマス・ツリーの前に、一人の女性が、車椅子に乗って、向こうを向いて居るのを目にした。彼女は、誰も居ない食堂で、一人、そのクリスマス・ツリーを見つめて居るのだった。




                8



 その人の後ろ姿に、私は、思はず足を止めた。そして、彼女が見つめクリスマス・ツリーの美しさに、心を奪はれた。




                9



 「**さん」と、田川が、声を掛けた。だが、その人は、こちらを振り返らなかった。そこで、田川は、車椅子に座ったその女性の前に回り込んで、笑顔を浮かべながら、もう一度声を掛けた。
「ここに居らしたんですね。」
田川がそう言ふと、彼女は、ようやく、私達の存在に気が付いて、会釈をした。彼女のその表情を見て、私は、とても美しい女性だと思った。田川は、腰を低くして、女性に話し掛けた。
「脳神経外科の佐藤先生が戻って来られたので、ちょっと診て頂きましょうか。」
田川は、そう言って、私を見た。
「病室に戻りましょうか?」と、田川は言った。だが、私は、手を横に振った。私は、彼女を、このクリスマス・ツリーの前から、病室に戻らせたくなかったからである。
「いいえ、それには及びません。」と言って、私は、田川同様、笑顔を浮かべた。そして、「御気分はいかがですか?」と女性に話し掛けた。
「頭痛はしませんか?」と尋ねると、女性は、「いいえ。大丈夫です。」と言って、優しい笑みを浮かべた。その笑みを見た私の脳裏に、この女性の、乳癌が転移した頭部CT画像が、浮かんだ。
 私は、白衣の胸ポケットから、ペンライトを取り出して、車椅子に座った彼女の瞳孔に光を当てた。それから、彼女に目で私の指を追はせたりして、その場で、車椅子に座ったまま出来る幾つかの事だけを行なふと、笑みを浮かべて、「いいでしょう。」と言った。
「それでは、田川先生と一緒に、私も時々、診察に伺ふ事にさせて頂きたいと思ひます。」と、私は、彼女に言った。
「今日やったCTの結果については、田川先生からお話が有ったと思ひま す。田川先生の御判断通りだと思ひますが、その事について、何かお尋ねに成りたい事は有りますか?」
誰も居ない食堂で、私は、患者にそう尋ねた。すると、彼女は、優しい表情で私の顔を見つめて、「いいえ。」と答えた。私は、一瞬、田川と顔を見合はせた。そして、何と言おうかと考えて居ると、田川が、私にこう言った。
「先生、それでは、お話は明日以降にしましょうか?」
私は、食堂に掛けられた時計を見た。もう消灯が近かった。話さなければならない事は沢山有ったが、田川は、私が、今晩詳しい診察をしないのであれば、今日はこれで終はりにして良いと考えて居る様だった。
「分かりました。」と、私は言った。田川は頷いて、「じゃあ、今晩は、
診察はいい様です。」と女性の方を向いて言った。」そして、「もう少しここにおられますか?」と言ふと、女性は、「ええ。」と答えたのだった。
 田川は、ピッチで夜勤の看護師を呼んだ。そして、看護師に、今夜は、ベッドサイドでの詳しい診察はしないので、もう少ししたら、この女性を食堂に迎えに来てくれと言ふ意味の事を言った。そうして、私と田川は、女性に挨拶をして、その場を後にしたのだった。




               10



 ナース・ステーションに戻ると、私達は、女性の事を話し合った。
「いかがですか?」と、田川が腕を組んで私に尋ねた。
「いや、驚きました。」と、私は言った。「転移性脳腫瘍の末期その物ですが、意識ははっきりして居るし、受け答えもしっかりして居るので、驚きました。食事も普通に食べて居る訳ですか?」私は、田川の横顔を見て尋ねた。
「ええ。今の処、食事も何とか摂れて居ます。」
田川はそう言って、前を見つめた。私は、「そうですか」と言って頷くと、田川に尋ねた。
「しかし、あの人は、しっかりして居ますね。本当に、予後をありのままお話になったのですか?」
「はい。もう助けてあげる事は出来無いと、はっきり告げて居ます。もう数ヶ月だろうと、言ってあります。」
「そうですか。」と、私は、同じ言葉をもう一度口にした。「そう告知されて、あんなにしっかり、明るい表情をして居られる事は、驚きですね。そこまではっきりと告知されて、あんなに明るい表情をして居る患者が居る事が私には驚きです。」そう言って、私は、窓の外の雪を見つめた。
「何だか、とても幸せにさえ見えるのが不思議です。」そう言って、私は田川の顔を見た。すると、田川は、静かな声で言った。
「あの人は、若い頃、幼い一人息子を捨てて、別の男性の元に走ったんだそうです。その子は、父親に育てられて成人したけれど、そう言ふ事だったので、彼女の息子さんは、大人に成ってから、彼女を許そうとしなかったのだそうです。その内に、彼女が走った相手の男性も死んで、彼女は一人に成ってしまった。それで、彼女は、小さい頃に置き去りにした息子に会ひたく成って、何度も謝る手紙を出したそうです。でも、息子さんはあの人を許さなかった。それで、息子さんは、決して、彼女に会おうとしなかったんだそうです。ところが、彼女が乳癌に成って、もう助からない事が伝えられた処、その息子さんが彼女に会ふと言ってくれたんです。それで、今度、その息子さんが、遠くから来て、彼女に二十年ぶりで会ふ事に成ったんです。それで、あの人は、今、本当に、幸せなんですよ。」
 私は、何も言はなかった。そして、無言のまま、窓の外に降り続ける雪を見つめ続けた。明日、世界は、雪に包まれて居るに違い無いと、私は、思った。
   
                               (終)



2007年12月25日(火)未明
(平成19年の聖夜に)







西岡昌紀(にしおかまさのり)






(この作品はフィクションであり、実在の人物、出来事、等とは、一切関係 が有りません。この作品の著作権は、常に、一貫して、作者である西岡昌紀に有ります。批評の為の引用、転載は自由ですが、他の小説、ドラマ、 映画、劇画、戯曲、詩、随筆、ゲーム、広告、その他に本作品の概要又は部分を転用、利用する事は、固く禁じます。)


http://archives.mag2.com/0001068000/20091225001000000.html


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