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2015年12月08日19:04

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「一日一シャ〈謝と捨と洒と写〉【245】 2015/12/8(火) 野生の感覚を磨く」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16214 (写真入り記事)

今日は、三ヶ月に一度の喘息の診療と処方のために病院に行きました。朝が寒いので車で行こうか?あるいは、駐車料金がかからないバイクで行こうか?思いあぐねながら出かける準備をしました。

病院の用事が終わった後に、何人かの方を訪問する予定なので、ヘルメットをかぶっていると、脱いだ時に髪の毛がぐしゃぐしゃになることがあるし、荷物が少量しか積めないバイクだと不便だしなー!と考えているうちに、車では予約時間に遅れてしまうことがわかったので、結局バイクで出かけました。

肌着の代わりに、ヒートテックの上下を着て、コールテンのズボンに、カジュアルシャツ、温かいジャンパーを着て出かけました。顔はヘルメットで覆われているし、体も寒くないですが、首だけ寒さを感じました。目が覚めるようでした。

16歳からバイクに乗っているので、慣れてもいいはずですが、年を追うごとに「バイクは危ない乗り物だなー」と感じます。うちの子供たちが「バイクに乗りたい!」と言い出したらどうしよう?!と、今から考えます。熟練したライダーでも命を落とすことがあるからです。

若い頃は怖いもの知らずでした。それがまた怖いのです。加えて、運動神経がいいので、無茶な運転を平気でします。峠道を流星のごとくに駆け抜けていました。野生の動物のように、感覚が研ぎ澄まされて、危険を瞬時に察することができました。

小学校高学年の三年間の担任の先生は、550ccのバイクで毎朝通勤していました。喘息持ちですが、川崎から品川区の小学校まで、雨の日も風の日も、嵐の日もバイクで通っていました。そして、「今日は、国道を130Kmでぶっ飛ばしてきた!」などと自慢していました。また、喘息持ちの先生でしたが、「バイクに乗ることで健康になる!」という持論を持っていました。

今で言えば、暴力教師でした。ちょっとした悪いことをしただけでも、ぶっ飛ばされました。冗談ではなく、本気でやられました。私にとっては、憎さ100倍で、大嫌いな教師でしたので、「アイツみたいにならない!バイクには乗らない!喘息を治してやる!」と、反面教師に思っていました。

ところが、その先生は、私が中学に上がった頃、肺がんで呆気なく亡くなってしまいました。急に寂しくなり、良かった思い出ばかりが思い出されて、気がついたら、憎しみは消えていました。

そして、いまだにバイクに乗っていますし、三ヶ月に一度は病院に通って薬をもらって帰ってきています。

喘息はないに越したことがありませんが、喘息を苦していない理由は、普段は全く症状がないからです。しかし、薬をやめてしまうと、季節の変わり目に喘息発作が出てしまいます。だから、吸引ステロイドを毎日使っています。

バイクは、若くないし、「危ないからそろそろやめよう!」と考えることがありますが、おそらく一生乗り続けるだろうと思います。もっと年をとったら、ホンダのスーパーカブなどの原始的なバイクに乗ろうかと考えています。

今の車は、ほとんどがオートマチック車で、とても快適です。ドア・トゥ・ドアの楽さを味わってしまったので、どこに行くのも車で行きたくなります。

しかし、あえてそうしないように心がけています。

ハイオクガソリンで、1ℓで4Km以下しか走らないくらい大食いの車ですので、車じゃなければいけない用事があるか、2人以上で移動するか、大きな荷物を持って出かけない時は、バイクで行くか、公共の交通機関で出かけるように心がけています。

しかし、今朝のように寒いと、車で行きたくなります。今日の場合は、病院が終わったら、数件の訪問がありますので、車で出かける大義名分があります。しかし、バイクで出かけて良かったと思います。

初冬の風をダイレクト感じながら、パッと目が覚めました。野生の感覚を取り戻したような気がします。

人間は、楽な方、楽な方へと流れていきやすいですが、そんな時、野生のライオンと動物園のライオンを思い出すことにしています。

野生のライオンは、厳しい環境の中で生きていますが、元気で生き生きとしていますし、長生きするそうです。しかし、動物園のライオンは、三食昼寝付きで、恵まれた環境にいるはずなのに、目が死んでいます。そして、短命だそうです。

これは、私たち人間にも当てはまると思います。楽ばっかりしていても、充実感がなくなり、死んだような目になってしまいます。

野生のライオンのように、一生懸命に生きる環境にありますと、人生が生き生きとしてきます。目が輝き、充実した毎日を過ごし、きっと、長生きできるだろうと思います。

私は、スケジュール帳で予定を管理しています。ちょっとでも時間が空いていたら、祈りながら予定を入れていきます。

例えば、一つの用事があって車で郊外まで出かけたとします。そうした時には、行きや帰りに、複数の予定を入れます。通り道の近くに、最近教会に来ていない人や、久しぶりに会う友達などの家があったとしたら、連絡を入れて訪問します。ほかにも、買い物をしたり、何らかの用事を入れるようにします。そのようにして、野生のライオンのような環境に自分を持っていきます。

仕事が疲れて、疲れて帰って来ても、必ずこのような文章を作成し、インターネット上にアップします。また、夜寝る前の時間に、必ず、祈りの散歩に出かけます。

「今日は眠いし、疲れているのでやめよう!」と考えてやめることもできますが、疲れてしょうがない時には、1分だけでも仮眠を取って疲れを取り、それからやります。

時間があったら、祈ったり、説教準備をしたり、メールや電話で人を励ましたり、部屋を片付けたりなど、何もしない時間を作らないように心がけています。

そうしたら、夜になって布団に入ると、極限まで疲れているので、一瞬にして「ストン!」と眠りに落ちます。

そのように完全燃焼して生きていると、人生に虚しさを感じたり、充実感のない日を送ることはなくなります。

もちろん、生き方は人それぞれですので、私はこういう生き方をしていますが、それをみなさんに押し付けようとは思いません。みんな、それぞれに一番いい生き方があると思うからです。

きっと、みなさんも私の生き方に負けず劣らない素敵な歩みをされていると思います。ぜひ、みなさんの素敵な生き方を、コメントやメッセージ等で分かち合って下さい。

最後に、今日帰宅後に、家の外から、「車のスリップ音」+「ゴツンという音」+「子供のきゃーという叫び声&鳴き声」が聞こえたので、直感的に、「子供が車にはねられたな!?」と感じました。窓を開けて見たら、やはりそうでした。

救急車が来て、パトカーが来て、何人もの警官が来て実況見分が行われていました。

運転手は、「子供がよそ見をしながらいきなり飛び出してきた!」と、戦々恐々としながら主張しているようでした。ただ、仮に子供がよそ見をして飛び出してきたとしても、このような道の狭い住宅地で、すぐに止まれるように徐行していなかったドライバーにも大きな責任があるいと感じます。

うちの子供もそうですが、地域の子供たちが守られるようにとお祈りいたします。

車にはねられたのは小学二年生のようですが、幸いとは言えませんが、命に別状がなくて良かったです、一安心です。神様の守りを感謝します。

今日もお疲れ様でした。お互いに気をつけましょうね。

素敵な夜の時間をお過ごし下さい。

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