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2015年11月30日23:53

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水木先生からの影響、幼い日の死生観の芽生え

幼いころゲゲゲの鬼太郎にはまり下駄や袢纏を着てカランコロンと下駄を鳴らし歩きまわったり、鬼太郎の漫画だけでなく、子供向け挿絵つき小説や妖怪辞典、天国や地獄の話等、おどろおどろしくもどこかひょうげた妖怪やダンテの新曲など水木先生の描く世界が非常に魅力的だった。

「人間は死んだらどこに行くんだろう、魂は本当に有るんだろうか?」とまだ幼いのに私はそんなことを考える子供だった。母から聞いたことから今考えると私は生れてから黄疸がでてすぐ死にかけたらしい、小学校1年生半ばまで、すぐお腹を壊す、ヒョロヒョロの痩せっぽちの虚弱体質だった(今では全く違うが)そうした記憶の残滓が無意識化に有り、そうしたことを幼くても考えていたのではないかと思う。
おそらくこういった事も影響して水木先生の本をよく読んでいたのだが、水木先生の漫画ではない本の中で、魂を証明する為、魂の重さを測った話が有った。詳細はさすがに覚えていないが、ある医師が魂を証明する為、魂の重さを測ろうと、死にかけている人を精密な測り付きのベッドに寝かせて、呼気による水分の減少等の1秒ごとの重さの減少を測っていき、ベッドに寝ている人物が死んだ直後に、測りが今までの減少の幅より、大幅に減った重さが魂の重さだという逸話が、今でも印象に残っている。

水木先生がラバウルからの帰還元日本兵だと知ったのは、小林よしのり氏の「戦争論」に反対する本に寄稿された本を読んだ時だったと思う。日本軍の戦記物も書かれていると知って何点か読んだが、水木先生の日本軍に関する評価には私的には納得できない部分も有った。しかし水木先生視点のあの時代に居た者の一視点として貴重なものだとは思っている。

先生は鬼太郎の歌で「朝は寝床でグーグーグー」と有るように寝るのが好きで、手塚治はあまり寝ないから早死にした様な事を言っていた。確かに先生は今の漫画家の中で長老格で、日本の漫画界の黎明期からの漫画家で、妖怪という文化を現代にまで定着化させた。日本の文化の豊かさを表す人物だったと思う。
人はいつかは亡くなるが、惜しむ気持は無くならない。自らが描いてきた世界に旅立たれた先生のご冥福を心からお祈りしたい。




「ゲゲゲの鬼太郎」漫画家の水木しげるさんが93歳で死去。
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2015年11月30日 13:00 ナリナリドットコム

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漫画家の水木しげるさんが11月30日、多臓器不全のため都内の病院で亡くなった。93歳だった。


水木さんは1922年生まれ、鳥取県境港市出身。太平洋戦争時に激戦地であるラバウルに出征し、爆撃を受け左腕を失ったが、復員後に紙芝居画家となり、その後、貸本漫画家に転向した。

代表作は「ゲゲゲの鬼太郎」「河童の三平」「悪魔くん」など。

今年5月には、漫画誌「ビッグコミック」(小学館)に連載していた「わたしの日々」が突然最終回を迎え、ファンからは心配の声が上がっていたが、このとき事務所側は「昨年暮れから体調を崩しぎみなのは確かですが、高齢で連載が精神的にも負担なのと、あちこち出掛けなくなったので漫画のネタが不足気味で……です。皆さまご心配なくです!」と説明していた。

1991年に紫綬褒章、2003年に旭日小綬章を受章。2003年には故郷の鳥取県境港市に「水木しげる記念館」がオープンし、2010年には「ゲゲゲの女房」がNHK朝の連続テレビ小説としてドラマ化された。



元記事はこちら:http://www.narinari.com/Nd/20151134956.html



「ゲゲゲの鬼太郎」漫画家の水木しげるさんが93歳で死去。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=3736294
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