mixiユーザー(id:17713252)

2015年11月21日23:38

263 view

「一日一シャ〈謝と謝と赦と写〉【228】 2015/11/21(土) 時間を超越し、神と一致する生き方」

http://9001.teacup.com/sfk/bbs/16176 (写真入り記事)

今日、まず良かった「一日一シャ」は、大会に、娘や娘の友達、また、教会の関係者などが多数参加して、『イエス様と出会った!』『涙を流してイエス様を心に迎え入れた!』などの感想(証)を聞くことができて、とても感謝です。長い間、大会の準備のために力を注いできて良かったなーと思います。

私たち人間は、時間と空間に制約されて生きています。時間には、はじまりがあり、終わりがあります。同時に2つの空間の中に存在することはできません。

しかし神は、時間と空間を超越しています。神様には、そのはじまりもなく、終わりもありません。あるのは、永遠と今です。また神様は、同時にすべての場所に存在されています。

神様と交わると、しばしば時間の感覚を失います。そして、中身の濃い時間を過ごします。

その感覚を聖書は、『主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。』(第二ペテロ3:8)と語ります。

昨日から武道館での大会がはじまっていますが、昨日も長かったですが、今日は、午前と午後の二回の集会が行われ、さらにその感覚を強く感じました。

大会前の数か月前から2週間前までは、たくさんの教会を回ってきました。しかし、大会当日は、当初、舞台裏での仕事に決まっていましたが、直前に、バスドライバーの仕事をお願いされ、仕事の内容がガラッと変わりました。

今思えば、教会を回ることも、バスドライバーも、私にとって一番向いている仕事でした。

あまり使い道のなかった大型二種免許(今回のバスは、中型免許でも運転できますが!?)を活用する機会が与えられ、あっちへ行ったり、こっちへ行ったりと気分転換になります。

また、素敵なアーティストたちと一緒に時間を過ごせて、彼らのステージの上でのパフォーマンスだけではなく、バスの中で共に時間を過ごすことで素顔が見られて充実した時間を過ごしています。

何よりも、神様の仕事のチームの一員として奉仕できることに幸せを感じます。

中身が薄いとか、濃いかではなく、時間を超越し、神様の永遠と私の今が直結されて、天国を体験しているようです。

昨日は、一致についてお話ししましたが、神様の永遠と私の今が直結されて、体がついてこられず、短い文章で終えました。これ以上書いたとしても、気が付いたら眠ってしまっていたと思います。

一致にはいろいろな種類があります。

�� 神との一致
�� 自分との一致
�� 他者との一致
�� その他、物や動植物などとの一致

一致の基本は、私たちを造られた神との一致です。神との一致なしには、他との一致は難しいか、一致したとしても、素晴らしいものにはなりません。

神抜きの一致が聖書にしるされています。創世記に出てくる「バベルの塔」です。

『さて、全地は一つのことば、一つの話しことばであった。そのころ、人々は東のほうから移動して来て、シヌアルの地に平地を見つけ、そこに定住した。彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作ってよく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを用い、粘土の代わりに瀝青を用いた。そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」そのとき【主】は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。【主】は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」こうして【主】は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。【主】が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、【主】が人々をそこから地の全面に散らしたからである。』(創世記11:1〜9)

神抜きで、神の領域である天にまで届く高い塔を建てて、名を高く上げよう!と考えました。

人間は、アダムとエバの罪以来、神に反逆し、背を向け続け、神から遠く離れて生きています。

バベルの塔を建てようとしたころまでの世界は、一つの言語しかありませんでした。

しかし神様は、人間が一致して神に挑戦する行為を遂げられないように、言葉を乱されました。

結果、お互いに言葉が通じなくなり、バベルの塔の建築に失敗しました。

言葉が通じる者同士で他の地域に移り住んでいきました。このことで、世界の文明や文化が発達しました。

もし、神様が言葉を乱されなかったら、送迎しているオーストラリア人たちともっと自由にお話ができるのにな、と残念に思います。

できれば、英語だけではなく、中国語、韓国語、スペイン語、ロシア語くらいは話したいです。欲を言えば、ポルトガル語、ドイツ語、フランス語なども話せたら楽しいのにな!といつも残念に思います。

残念に思うくらいなら、苦手意識を捨てて、今日、明日から語学学習をはじめたらいいののですが、やはり物事には向き不向きがあります。

私は、車の運転は好きだし、得意です。一日で、東京〜福岡を走ったことがあります。東京から大阪くらいなら朝飯前くらいです。

説教、祈り、歌なども、いくらやっても大丈夫です。

しかし、語学学習は、1時間もしないうちにギブアップしてしまいそうです。

足りない部分、得意ではないことなどを嘆いているより、得意なものに力を注ぎ、それを伸ばしていった方が効率的です。

今回の大会は、国際的な会です。英語を話すゲストが多くいます。とにかく、ゲストの方がとせっかく親しくなったのに、もう一歩深くコミュニケーションをしたなーと思います。

そんな時、祈りからはじめたらいいのです。

神の御心ならば、いつか勉強をし、自由に外国語を話せるようになれます。

あるいは神様は、『あなたは日本語が通じる人にだけ関わり、説教をしなさい!』と言われるかも知れません。

しかし基本は、得意な分野を見出し、そこに力を集中したらいいと思います。

そして、やりたいことも、『好きこそものの上手なれ!』と言われるように、好きも得意の一部なのかもしれません。

一人ひとりには、神様から得意な賜物、能力、才能が与えられています。それに気づき、それを用いて仕事をしたらいいと思います。

話は先ほどの一致の話に戻りますが、
�� 私たち人間は、罪によって不一致の状態にある
�� しかし、神との一致(和解)をするために、イエス・キリストが十字架で死なれました。墓に葬られ、三日目によみがえられました。
�� イエスを信じるなら救われます。この救われるとは、神との関係が回復することです。一致することです。

『イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」(ヨハネ14:6)

神と一致した人は、自分自身と一致できるようになります。神が赦して下さったように、自分を赦し、神が愛して下さったように、自分を愛し、自分と一つになることができます。

そうしたら、自分と一致するのと同じように、他者とも一致することができます。

昨日書きたかった一致は十分ではありません。今日も、すぐに眠ってしまいそうくらいに疲れています。

疲れているみなさんも、読むのが大変だと思いますので、今日はこの辺にしたいと思います。

今日もありがとうございました。明日もお会いしましょう。

おやすみなさい。

2 1

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2015年11月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930